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夏休み~受験生だっつうの~②

「勉強しようという意識を高めるためには、ここで十分だ。たとえお屋敷の隣でも、勉強をするために環境を変えたのだという自覚が意識を変えるのだからね」 屋敷からあまりに近い『合宿所』に、ちょっとがっかりしていると、合宿所から出て来た高遠先生がそう言って笑った。 「そっか。……そうですよね」 そうだ!オレは旅行に来たわけじゃない! 「高遠先生、よろしくお願いします!」 「うんうん。もうすぐもう一人の生徒さんが来るだろう。中に入って待ってなさい」 「え?」 もう一人の生徒?オレ一人じゃないの?と、思っているうちに、オレたちが通って来た一本道に、車が一台やって来た。 「ああ、来た来た」 停まった車の中から出て来たのは……桐の、一位さん? 「えっ?!」 桐の一位さん……だよね?多分。 ってことは……。 桐の一位さんに次いで車から降りて来たのは、思った通り塩紅くんだった。 「ばっつん、おはよう。一緒に勉強させてもらいに来たよ」 何で、塩紅くんが? 先生、何にも言ってなかったのに……。 塩紅くん、高遠先生に教わったことないよね?何でこの合宿に? 「夕べお陽殿から、どうしても私に学びたいと言う候補様がいるという連絡をもらってな。晴れ殿は雨花殿と同じ、東都大の医学部を目指しているそうだし、切磋琢磨しながら合格を目指す仲間がいたほうが励みになるだろうと思ってね」 「え?あ、はぁ」 同じ大学志望だし、一緒に勉強させてもらいたいと、母様経由で塩紅くんが先生に依頼してきたらしい。 母様からの依頼を受けて、この合宿に参加するかと先生が聞いたところ、二つ返事で参加するということだったらしい。 塩紅くん、やっぱり東都大志望だったんだ。 別に塩紅くんが一緒に合宿をするのは全然いいけど……。 塩紅くんよりも、桐の一位さんが気になる。 だって……あの新しい規則を作るきっかけを作ったのは、桐の一位さん、なんだよね? オレが優遇されてるって怒ってるだろう人が、目の前にいる。 そう思うと、変な緊張感に包まれた。 「雨花様お一人とばかり思っておりまして……」 ふたみさんがそう言うと、桐の一位さんはすかさず『雨花様ばかりがこのような受験勉強のための合宿などをしていただけば、また優遇されていると騒がれることになりませんか?』と、ふたみさんを冷たく見つめた。 桐の一位さん、やっぱり怒ってるんだ。 「いえ……私はただ、この人数分の昼食の用意をしていないことをお伝えしようと……」 「晴れの方様には、桐の丸より栄養を考えたお食事を運ばせますので、余計なことは一切なさらないでください」 樺の一位さんも強烈な人だけど、桐の一位さんも、負けじと強烈な人なのかもしれない。 桐の一位さんに関しては、花見会の日にすれ違った廊下で、塩紅くんに『はぁ?』って言われてた時のことが、オレの中で一番印象に残っている。 桐の一位さんが、っていうよりも、人当たりがいい子犬系と思ってた塩紅くんが、自分の家臣さんに対してそんな風に言ってたのに驚いたからだろうけど。 そのあと、わんこ系だと思ってた塩紅くんが、結構気の強い人だっていうのはわかったけど……。 でも、そんな風に『はぁ?』なんて言われる人だから、桐の一位さんは、うちのいちいさんみたいな、ほんわかした人なのかなって、勝手に思ってたんだ。 大老様への注進の話を聞いても、いちいさんだって、オレのために怒ってくれることもあるし、桐の一位さんもそういうタイプの人かと思ってた。 でも、今のふたみさんへの対応を見る限り、そうじゃないのかもしれない。 そのあと、先生に合宿所の中を案内してもらった。 オレが寝泊まりする部屋は一階で、シングルベッドと机と、クローゼットがあるだけの小さな部屋だ。 他に、うちの側仕えさんたちで使うように言われた部屋と、先生が泊まる部屋、キッチン、リビング、ダイニング、トイレ、お風呂、洗面所を案内してもらって『ここが最後だ』と、黒板のついた勉強部屋を案内してもらった。 「あの、塩紅くんの部屋は?」 塩紅くんと、桐の丸の側仕えさん用の部屋は案内してもらってない。 「ああ。晴れ殿はここで勉強するだけだ。もう少し部屋数があったら泊まっていただいたんだがな。申し訳ない」 「いえ。こちらこそ急にお願いしてすいません。それにしても、高遠先生も大変ですね。受験勉強のために合宿だなんて。しかもこんな近くで……。ばっつん、変わってるからなぁ」 はぁ?塩紅くんの言い方から察するに、塩紅くんはオレが合宿したいと言い出したと思っているらしい。 去年のオレの誕生日のことといい、塩紅くんって、何かっていうとオレのせいにしたがるような気がする。 高遠先生は肩をすくめると『私の理論は通用しないお方らしい』と、オレに目くばせして笑った。

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