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夏休み~受験生だっつうの~⑦
7月20日 晴れ
今日は、鎧鏡家の納涼祭と、ふっきーの祝賀会が開かれる日です。
納涼祭は、夕方から始まる。
夕べ、いつもの通り、六時に勉強が終わったあと、今日の行事参加のために、一旦梓の丸に帰宅してきた。
一緒に夕飯を食べたあげはから、今、この曲輪の中では、ふっきーが金賞を取ったことが、どのお屋敷の使用人さんたちの間でも、ものすごい話題になっていると聞かされた。
もうこれで、ふっきーが奥方様確定だという話が、そこらじゅうで出ているらしく、松の丸の使用人さんたち以外は、不安そうだとあげはは眉を下げた。
奥方様になれなかった候補の使用人さんたちも、解雇処分になんかしないって、皇は言ってた。
だけど、やっぱり不安だよね。オレがもし候補の使用人だったとしたら、やっぱり、仕えてる人に奥方様になって欲しいなって、思うだろうし。
そんな渦中のふっきーが、今日の納涼祭で舞手を務める。
去年の納涼祭で舞ってたふっきーがあんまりにも綺麗で、すごく驚いた記憶が蘇る。
そんな噂が出てる今、さらに舞手も務めるなんていったら、今日はホント……納涼祭っていうか、ふっきー祭りだよ。
噂……本当、なのかな?
ふっきーで、決まりって……。
「はぁ……」
ふっきーは、オレが入った時にはもう、奥方候補ナンバーワンだった。最初は応援してたくせに、今では、複雑な感情を抱いてる。
ふっきーには、いつも助けて貰ってて……本当は、張り合いたい相手じゃないんだ。全然。むしろ、一番張り合いたくない相手で……。
皇の嫁の座を争う候補同士で出会ってなかったら、きっと絶対……もっと仲良く……。
なれてなかったかな?候補同士じゃなければ、知り合いにもなれてなかったかもしれない。
候補同士じゃなかったら、ふっきーに助けてもらうことも、仲良くしてもらうことも、なかったかもしれないよね。
今の立場だから出会えて、仲良くなれて……今の立場だから……ものすごく、複雑なんだ。
塩紅くんは、いつだったか『仲良しごっこなんかしてたらちーくんは手に入らない』みたいなことを言ってたっけ。
そうなんだけど……。
それは本当にそう思うんだけど……。
ふっきーとは、仲良くしてたいよ。
だけど、ふっきーの幸せは、オレの……失恋を意味してるわけで……。
はあー……複雑。
なんとなーく気が重いまま支度をして、納涼祭の会場に向かった。
納涼祭に『こっち側』での参加は初めてだ。
夕方から始まる納涼祭は、薄暗くなってからの開催だからか、いつもとは違うステージが用意されている。
本丸の広い庭の中央に舞台が準備されていて、その周りを囲むように、たくさんの家臣さんたちが、集まっていた。
いつもは家臣さんたちとの距離はもっとあるのに、今日はいつもより近い。
ふっきーが出て来る数分間だけでも、近くにいる家臣さんたちのざわざわと話す声の中に、何度『お詠様』という単語を聞いたかわからない。
あげはが、曲輪の中はふっきーの話題でもちきりって言ってたけど、曲輪の中だけじゃなく、家臣さん全体の中でも、ふっきーの噂はすごいことになっているんだなって、わかった。
「ちっ」
もうすぐふっきーが出て来るということで、さらにざわざわし始めた家臣さんたちの声の中、オレの隣に座っている天戸井が、舌打ちした音が聞こえた。
びっくりしてそっちを見てしまうところだった。
見たところで、ベールをかぶっているから、天戸井の表情は見えないけど……。
絶対、今の舌打ち、天戸井だよね?
天戸井は、わかりやすくふっきーをライバル視してるもんなぁ。
そんなふっきーがこれだけ騒がれてるのを感じたら、天戸井が舌打ちするのもまぁ……気持ち的には……わからなくもない。
天戸井って、気持ちいいくらいあからさまだよなぁ。
そのうち、照明が一旦全て落ち、笛の音が聞こえて来た。
あんなにざわついていたのが嘘のように静まり返った会場に、すっすっ……という、足袋と床の擦れる音が聞こえてきた。
うっすらと明るい花道を、ゆっくりと歩いて来たふっきーが舞台に着くと、バッと一斉に照明が点き、歓声が上がった。
ふっきーがゆっくり顔を上げると、さらに大きな歓声が、お腹に響くくらい、どわあっと上がった。
……すごい!
家臣さんたちの、ふっきーに対する期待感が、ものすごい伝わってくるようで……。
オレはいたたまれない気持ちを抱きながら、ふっきーの優雅で完璧な舞を、体調を崩すことなく、最後まで見守った。
行事で体調を崩すのは、家臣さんたちに関心を持たれているからだって、母様はいつも言ってくれた。
どんな関心かはわからないけど。
今日、体調を崩さないで行事に参加出来たのは、すごく喜ぶべきことなのに……。
そんなことすら、今のオレの気持ちを、複雑にさせた。
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