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夏休み~息抜きは必要だよ、うん~①
7月21日 晴れ
今日は、夏休み最初の、皇の”公式な”渡りの日です。
今日が祝日だからか皇は、オレが朝ご飯を食べ終えてすぐ、梓の丸にやって来た。
で。来て早々、オレのおでこに手を置いた。
「具合はどうだ?」
夕べの祝賀会で途中退席したことを心配してくれてるんだろう。
体はもう全然平気だ。
筋トレし過ぎて、そこらじゅうギクシャクしてるけど。
夕べは、今出来ることをしようと張り切ってたけど……皇を目の前にすると……大老様の言葉がまた頭に浮かんで、胸が痛くなった。
皇に思いっきり弱音を吐いて……慰めてもらいたい、とか……ちょっと、そんなことが浮かんだ頭をぶんぶん振った。
かっこ悪……。
皇の守りたいものを守るのが目標!とか思ってるくせに、皇にすぐ甘えようとするオレ、めちゃくちゃかっこ悪い。
「ちょっと筋肉痛だけど、もう元気」
「筋肉痛?どう致した?大丈夫か?」
「ん。平気。……オレ、さ。今日の夜、合宿所に戻ろうかと思って……」
「どうかしたか?」
「……別に。ただ……勉強したいだけ」
大老様にもみんなにも、認められたいって、どこかで焦ってる。
早く勉強して、早く認められるようになりたいって……。
でも、今夜合宿所に戻るってことは、いつもは大概朝方までいる皇に、早く帰れって、言ってるみたいなものだ。
「そうか」
皇は何も言わず、オレの頭を撫でてソファに座った。
早く帰れって言ったも同然なのに、何も言わないんだ?
自分で言い出したことなのに、皇が何も言わずにオレの言葉を受け入れたことに、多少なりともガッカリした。
……わがままだなぁ、オレ。
皇が反対したら、明日の朝戻っても全然いいけど……とか思ってた。
でも、そんな必要なかったみたいだ。
「今日の午前中は、高遠先生から出されてた課題、やっちゃおうかと思ってて」
「そうか」
「……ん」
二人で和室にうつって、オレは課題を解き始めた。
こんな風に、オレが勉強してるのを、皇がただ隣で本を読みながら待っているのなんて、いつものことなんだけど……。
久しぶりの渡りの日に、勉強しててもいいんだ?とか……またガッカリし始めてる。
これも自分で言ったことなのに。
しばらくすると、鶯張りの廊下を、誰かが渡って来る音が聞こえて来た。
「若様、雨花様。お茶をお持ち致しました」
しいさんだ。
「あ……ありがとうございます」
しいさんは、チョコレートケーキと紅茶を持って来てくれた。
「わぁ!」
イライラしている時には、甘い物が欲しくなる。
でも、皇が来ている時には、頼まない限りお茶が出て来ることはないのに……どうしたんだろう?
「こちらのケーキでよろしいでしょうか?若様」
「良い」
え?その聞き方……このケーキ、皇が頼んだってこと?嫌いなくせに。
不思議に思っている間に、しいさんは『御用がありましたらお呼びつけください』と、部屋を出て行った。
「ケーキ嫌いなくせに、どうしたの?」
皇もたまには、甘い物とか食べたくなるのかな?
「そなたは、食べ物を見て機嫌を直すことが多々ある。ゆえに、そなたの好きであろう物を持ってこさせた」
「え……」
オレの、ため?いつの間に……。
「朝からそなたは機嫌が悪い。筋肉痛が原因ではなかろう?どう致した?何を気に病んでおる?」
「……」
皇は普段鈍感なくせに、変なところで鋭いんだ。
「ん?」
「……オレ……ごめん」
結局また、皇に心配かけてんじゃん。
「何を謝ることがある?」
「……」
何をって言われても……大老様に、駄目候補って言われて変に焦ってるとか……かっこ悪いし、告げ口みたいで……言いたくない。
黙り込んでいると、また鶯張りの廊下が鳴った。
「若様、雨花様、昼餉のご要望はございませんでしょうか?」
今度はいちいさんだ。
ケーキを目の前に、お昼ご飯に何が食べたいか考えるっていうのもなぁ。
「何が良い?」
「うーん……」
食べたい物とか、今は何も浮かばない。
オレが悩んでいると、皇は『ああ』と、閃いたような声を上げた。
……珍しい。
「そなた、今夜合宿所に戻るのであれば、課題の残りは夜に致せ」
「は?」
何、急に?ご飯の話はどこに行った?
「勉強ばかりしておっては、普段から細いそなたの食欲が、益々細くなる一方だ。余がそなたの腹を減らしてくれる」
「はぁ?」
腹を減らしてやるって……まさか……昼間から?!
「そなた、ウェアはあるか?」
「はい?」
何の?えっ?!ウェアって何っ?!どんな趣向?
「そなた、前の学校でテニス部だったそうだな。良い機会だ。そなたの腕前、余に見せてみよ」
腹を減らすって、テニスかよっ!……って、何を怒ってるんだ、オレ!
……恥ずっ!
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