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夏休み~息抜きは必要だよ、うん~⑤
夕飯を食べたあと、合宿所に戻るために玄関に出ると、しらつき自動車のメーカーエンブレムが金色に輝く、見た事のない車が停められていた。
「これ、何て車?」
「特注品だ。名前はない」
それって、皇オリジナルってこと?マジか?いや、鎧鏡家なら、当然か。
想像していたよりも小ぶりな車の中を覗き込もうとすると、助手席のドアを開けた皇に、車内に押し込められた。
車に詳しくないオレにも、この車が高級なんだろうなぁっていうのが、内装でわかる。
皇が運転席に乗りこむと、車はフォンッと優しげなモーター音を上げた。
「いってらっしゃいませ、雨花様。後程、私共も参りますが、急用がございましたらお呼び付けくださいませ」
窓を開けていちいさんに手を振ると、いちいさんがそう言って、オレたちに深々頭を下げた。
「いってらっしゃいませ」
玄関まで見送りに来てくれた側仕えさんたちが、みんな揃って頭を下げたのを見てから、皇は滑らかに車を発進させた。
「ホントに運転してる」
……かっこいい!
「当然だ」
運転する皇、かっこいい!
「いいなぁ。オレも免許取りたい」
「受験を終えたら、取るが良い。余の運転の師に頼んでやろう」
「うん!」
「機嫌はすっかり直ったか?」
「……うん」
機嫌はもうとっくに直ってるよ。
「そなたは余を頼るのを良しとせぬが、悩むことがあれば余を頼れ。一人では答えが出ぬことも、他の者の視点で見れば容易に答えが見つかることもあろう。半日、余に面倒を見られて、そなたも少しは余に頼ることに慣れたであろう?」
そんな理由で、オレの面倒見まくってたとか……。
「ぶはっ」
どっかズレてるんだよね、皇って。
「ん?」
だけど……そんな回りくどいこと、オレのために、してくれたんだ。
「ううん。オレ……誰かに頼るなんて、弱いって思われるから嫌だって、思ってて……」
「余も含め、みな弱い。己の弱さを認めて、助けを求められる者は強くなるそうだ」
「あ……」
「ん?」
「何かそれ……うちの父上も同じこと言ってた」
自分の弱さを認められる者は、強くなれるって。
「ほう?余が大殿様に言われた言葉だ」
そう言えば、柴牧家のお家断絶の危機を、大殿様が助けてくれたって、修学旅行の時、はーちゃんが言ってた。
父上のその言葉……もしかすると、大殿様からの言葉だったのかもしれない。
「何か……」
「ん?」
「オレ、鎧鏡家のこと全然知らずに育って来て……何にもわかってないって思ってた、けど……」
自分でも知らないところでオレは、父上から鎧鏡家の考え方みたいなものを教えられていたのかもしれない。
「ん?」
「何かちょっと……オレも、鎧鏡家と繋がってたのかもって、思って」
奥方様教育とか、そういうことは教えられなかったけど、鎧鏡一門として大事なことは、オレ……父上からちゃんと教えられてたのかもしれない。
「柴牧家 殿は幼少の頃より、一家の長として鎧鏡の集まりに出ていらした。誰よりも鎧鏡一門でいらっしゃる。そなたはその柴牧家殿の子だ。鎧鏡と繋がっておって当然であろう」
「……そっ、か」
何か……ちょっと、泣けてきた。
父上のこと、誰よりも鎧鏡一門って、思ってくれてるんだ。
「どう致した?」
皇は、オレの様子がおかしいことに気付いたからか、車を停めた。
二の丸の森を抜け、お堀の橋を渡って、合宿所近くの深い森の一本道に入ったところだった。
昼間でも薄暗いだろうこの辺りは、今、車のヘッドライトが照らす場所以外、深い闇に包まれていた。
「父上は……認められてたんだなって……嬉しくて……」
「何を今更。当然であろう」
「……良かった」
早くにおじい様を亡くした父上は、鎧鏡一門のお荷物になっていたんじゃないかって、思うことがあった。
でも……そうじゃなかったんだ。
「べそをかくようなことか」
皇は、オレの目尻をそっと撫でて、オレの頭を自分の胸に抱きしめた。
「……ん」
皇とは、全然違う育ち方をしてるから、わかり合えないところが多い……とか思ってた。
でも何か、どこかで繋がってたのかもしれない。
オレ……知らない間にちゃんと、鎧鏡一門だったのかも……。初めて、そう思えた。
いつか母様に言われた『青葉は大事なことはちゃんと教えられてるんだと思うよ』って言葉を、急に思い出した。
あれって……こういうことだったのかもしれない。
「雨花」
「ん?」
「余は、いつも肝心な時にそなたを救えぬゆえ、頼り甲斐がないと思うておるかもしれぬが……何かの時は、まず余を頼れ」
「オレ……いっつもお前に助けられてるし……お前に頼ってばっかりだと思う」
「誠か?」
「……ん」
頷いて、皇のシャツを握った次の瞬間、オレの体は、運転席の皇の上に乗せられていた。
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