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夏休み~積み重なる原因~③

「……」 見られて、ない、よね? もう一度、自分の腕を鏡に映してみた。 半袖からほんの少しだけ、赤い斑点が覗いている。 これだけを見たら、蚊に刺されたと思うよね?大丈夫だよね? オレは薄い長袖のシャツを羽織って、勉強部屋に急いだ。 その日塩紅くんは、午前中の授業が終わると『今日渡りがあるので帰ります』と、先生に断って、お昼ご飯を食べずに屋敷に戻って行った。 そして……翌日、塩紅くんは、体調を崩したと言って、合宿所に来なかった。 渡りの翌日に体調を崩すとか……オレもたまにある、から……それが何を意味するか……わかる。 自分だってあることなんだから、塩紅くんが皇にそうされても……当然だし、オレばっかりなわけないのが、当たり前、なんだけど……。 でも皇が、オレ以外の誰かを……体調を崩させるほど求めたのかもしれないなんて……気付きたく、なかった。 「……」 皇のバカ……。 今日はオレへの正式な渡りの日なのに……。 夕べ体調を崩させるほど、塩紅くんを求めていたんだろう、なんて思ったら……お前のこと、どんな顔で迎えたらいいのか、わかんないじゃん。 今は……皇になんか、会いたくない。 ……嘘。 ……それでも、会いたい。 夕方、高遠先生の授業を終えて、梓の丸の屋敷に戻った。 夕飯を食べ終えるとすぐ、皇が渡って来た。 「どうした?」 床に正座しながら、じっと皇を見上げたオレに、皇はそう声を掛けてソファに座った。 「……」 「ん?」 いつもと変わらない顔でオレを見下ろしているけど、皇は夕べ、塩紅くんのこと……。 そんな風にモヤモヤ考える頭をぶんぶん振った。 他の人とも夜伽をしているのは、最初からわかってて、それでも皇を好きになったんだから……って、自分を納得させようとするけど……。 好きだから……自分以外の人と、そんなことしたなんて気付いちゃったら……ヤキモチ焼くに決まってるじゃん。 皇のバカ!そういうの……気付かせんなよ。 「……」 「雨花?」 皇のバカ! めちゃくちゃムカつくよ。 でも……明日皇は、モナコに行っちゃう。 お前はそんな優しげにオレを呼ぶのに、オレはつっけんどんな態度を取ったまま今夜を過ごしたら……オレ、あとで絶対後悔する。しばらく会えないのに……。 嫌な雰囲気のまま皇をモナコに送り出して、そんなオレのことなんか忘れたいとか、思われたら、いやだ。 めちゃくちゃムカつくけど……会えない間、オレのこと思い出したくないなんて思われるほうが、ずっとやだ。 怒るの我慢するから……オレのこと、モナコでも思い出してよ。 「塩紅くん、体調悪いからって、今日合宿所に来なかったんだ。……だから、ちょっと気になってただけ」 オレは皇に嘘が吐けないらしいから、嘘ではないことを言った。 「そうか。余のもとには何の連絡もない。案ずることはなかろう」 ソファで長い足を組んだ皇が、隣に座るようにと、ソファをパンパン叩いた。 「……ん、そっか」 オレが皇の隣に座ると、皇は『もうしばらくしたら最上階に向かうぞ』と、オレの頭をポンッと撫でた。 「え?何で?」 「今日はどこぞかで花火大会があるそうだ」 「へー、平日なのにね」 「月の終わりゆえ、祭りを行うところもあるのだろう」 「そっか」 そのあと、最上階にのぼって花火を見た。 二人だけじゃもったいないくらい綺麗だったから、側仕えさんや下働きさんたちも呼んで一緒に見た。 その頃には、オレの気持ちも、だいぶ落ち着いてきていて……。 皇が他の人と夜伽をするのは、本当に本当に、泣くたくなるくらい、イヤだけど……でもそれは、最初からわかってたことで……絶対に覆せないこと、なんだ。 少しでもオレのこと、モナコに行っても思い出して欲しいから……今夜は、楽しく過ごしていたい。 花火大会が終わって和室に向かうと、いつものごとく、二人用の大きい布団がすでに敷かれていた。 「雨花」 「ん?」 「そなた、モナコ土産は何が良い?」 「え?うーん……何がいいって言われても……うーん……」 欲しい物は、特にない。 モナコ土産って、何がいいかなぁ? っていうか……色んなことがあって、ずっと聞けないままだったけど……オレの誕生日、皇に帰って来てもらっていいのかな? 「皇?」 「おっ!」 皇を呼ぶと、こっちがビックリするほど皇が驚いた。 「何、驚いてんの?」 「そなたが土産に余を望むとは……」 「は?」 土産に余を望むとは? いつオレが土産にお前を望んだって? えっと……皇が『土産は何が良い?』って聞いてくるからオレ、『何がいいって言われても』って悩んだあと……えっと……誕生日のことを聞こうと思って『皇?』って、呼んだ……。 ……。 ……。 いや、お前の名前、呼んだだけ!『皇?』って言ったのは、『土産は何が良い?』の、答えじゃないからっ! ただの呼びかけだってば! もー!こいつ、ちょいちょいオレが恥ずかしいことを言ったみたいな思い違いをするんだから! 「……」 反論しようと思ったけど……まあ別に?今回の皇の思い違いは……すごい思い違いなんだけど……その……思い違ってても、まぁ……。 お土産は別に……お前でも……いい、かな……みたいな。

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