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夏休み~積み重なる原因~⑥
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すでに気温は30度を超えているんじゃないだろうかという中、モナコに向かう皇を見送るため、候補全員が本丸の車寄せの前に並んだ。
昨日体調を崩したと言っていた塩紅くんも、見送りの列に並んでいた。
ベールをかぶっているので表情は見えないけど、この炎天下に立っていられるんだから、もう体調は大丈夫ってことなんだろう。
候補全員が揃うと、本丸から出て来た皇が、駒様から順番に声を掛けていった。
駒様と誓様には、何て声を掛けたのか聞こえなかったけど、ふっきーと梅ちゃんには、去年と同じように、お土産を待っていろだとか、気を付けて実家に戻れだとか、そんなことを言っているのが聞こえた。
去年同様、皇がモナコ旅行の間、候補は宿下がりを許されている。
オレは合宿があるから、去年と同じく宿下がりはしない予定だ。
オレ以外では、駒様と塩紅くんが、曲輪残留組だと聞いていた。
梅ちゃんにお土産の約束をして『戻ったら海だ』と声を掛けた皇が、オレの前にスッと立った。
皇、オレに何を言うんだろう?
変な緊張感がこみ上げた。
「雨花」
「あっ……はい!」
『お?』と言いながら近づいた皇が『そなた、頭に何かつけておるぞ』と、オレの頭に手を伸ばした。
「え?」
咄嗟に頭に手を置くと、皇の指先が手に触れた。
あっ!と思って、手を引っ込めようとすると、皇はオレの人差指の先端を軽く握った。
「っ?!」
ほんの少し口端を上げた皇は、オレにだけ聞こえるような小さな声で『余を待っておれ』と言ったあと、オレの頭から手を離して『小さな糸くずだ』と、まるでみんなに聞こえたほうがいいみたいに、少し大きな声でそう言った。
でもその指に、取ってくれたはずの糸くずなんて、見えなくて……。
そのあと、オレから一歩遠のいた皇は『余の留守中、息災でな』と、言って、オレをじっと見つめた。
ベールをかぶってるから、皇は視線が合ってるのはわかってないだろうけど……。
待っておれって言うためだけに、糸くずついてるなんて、嘘、言ったんだよね?
ドキドキしながら、うわずった声で『はい』と返事をすると、また少し口端を上げた皇は、小さくうなずいて、オレの前から離れて行った。
後ろに控えている側仕えさんたちが、ざわざわする声が聞こえてくる。
皇があっという間に、オレの前を通り過ぎて行ったからかもしれない。
でもオレは、全然寂しいとか、思わなかった。
握られた指先の感触が残って……たまらなく、愛しい。
ついさっきまで一緒にいたし、すでに梓の丸で散々見送ったし。後ろにいるいちいさんたちも、それはきっとわかってくれているだろう。
そんなことを考えながらぼーっとしている間に、皇はオレの隣の天戸井を過ぎ、塩紅君の前に移動していた。
「晴れ」
「はい」
「そちが申しておった真珠は、日本で買うのが良いらしい。そちへの土産は、何か別の物を見繕って参ろう」
「あ、はい。……ありがとうございます」
真珠?塩紅くん、真珠が欲しいって言ったの?真珠、好きなのかな?
また後ろの側仕えさんたちがざわざわとし始めた中、皇はモナコに向けて出発して行った。
皇を見送ったあと、高遠先生が待つ合宿所に向かった。
今日からまたガンガン勉強するつもりだ。
昨日休んでいた塩紅くんも、さっきの様子を見る限り、今日は来るだろう。
そう思っていたのに、その日、塩紅くんは来なかった。
「塩紅くん、どうしたんでしょう?」
「未だ体調がお悪いのだろう」
「そう……ですか」
さっきの見送りには、普通に出ていたように見えたけど……。
オレも、行事には何とか出席出来ても、そのあと倒れたこともあったし……。
それを思えば、塩紅くんも同じように、何とか見送りには出たけど、そのあと具合が悪くなったのかもしれない。
気にしないと思っていても、そんなに体調を崩すほど皇は、塩紅くんのことを……なんて、またそんなことを思ってへこみそうになったから、いつもより多めに、先生に課題を出してもらった。
課題を終えて、もう寝ようとベッドに入ったけど……何だか目が冴えて眠れない。
皇は、まだモナコには着いていないかな?確か、20時間近くはかかるはずだ。
「……」
ごそごそベッドから起き出して、皇にもらった封筒をバッグから取り出した。
約束だから、まだ読まないけど。
この手紙、いつ書いてくれたんだろう?塩紅くんに渡ったあとで、かな。
「はぁ……」
そんな風に考える自分がイヤになる。
いつ書いてくれたものだとしても、これを書いてくれている時は、間違いなくオレのことだけ、考えてくれてたはず、だよね?
今、皇は何を考えているんだろう?
誰のことを、想ってるんだろう?
「……」
オレは……いつでも皇のことばっかり、考えてるよ?
「おやすみ」
胸な抱きしめた手紙を枕元に置いて、ぎゅっと目を瞑った。
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