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夏休み~積み重なる原因~⑦

翌日も翌々日も、塩紅くんは合宿所に来なかった。 先生のところには、体調が悪いので休みますという連絡があったという。 いくら皇が激しかったからって、これはちょっと……長引き過ぎなんじゃないの? でも、皇が帰って来ないってことは、重病ってわけではないと思う。 もしかして夏バテ……とか、かな? 皇に、一番最初に……無理矢理されて、相当長く寝込んでいた自分を思い出した。 まさか……皇、塩紅くんのこと、無理矢理? ……いや、塩紅くんはオレみたいじゃなくて、皇にあんなことされるのも、てんでウェルカムみたいなこと言ってたから、塩紅くんが皇としたがってるのに、無理矢理って図式は当てはまらない。 じゃあ……やっぱり、夏バテ? 皇がモナコに出発してから三日後、体調を崩した理由はどうあれ、ずっと合宿所に来ない塩紅くんがいい加減心配になった。授業が終わったあといちいさんに頼んで、塩紅くんにお見舞いの品を用意してもらった。 オレ自身がお見舞いに行くと気を使うだろうからと、代わりにさんみさんに、お見舞いの品を桐の丸に持って行ってもらった。 三十分もしないで合宿所に戻って来たさんみさんは『こういったやり取りは一切お断りしております』と、桐の一位さんに見舞いの品を突き返されてしまったと、申し訳なさそうにオレに頭を下げた。 「え……そう、なんですか?あの、晴れ様はどんな具合か、わかりましたか?」 「いえ。とにかく、あっという間に追い返されてしまいまして……」 「そう、ですか。ごめんなさい。よく確認もしないで頼んでしまって」 「私こそ、用が足せず申し訳ありません。しかし……見舞いの品を突き返されるなど、想像もしておりませんでした」 そう、だよね。心配した気持ちを突き返されたようで、ちょっと悲しくなった。 けど……ただ単に、オレがお節介だったってことだ。 誕生日のやり取りも断られてるし、塩紅くんは一貫して、他の候補とこういったやり取りをしない人なんだろうと、オレは自分を納得させた。 曲輪の中で、塩紅くんの噂が流れているとあげはに聞いたのは、オレの誕生日の一日前のことだった。 あれから塩紅くんは、一度も合宿所に来ていない。 ちょくちょく合宿所に、差し入れしに来たと言って遊びに来るあげはが、持って来てくれたクッキーを食べながら『そうだ!』と、思い出したように、話し出した。 「晴れ様、モナコ土産にダイヤモンドをお願いしたのに、若様に断られたんですよね?」 「えっ?!」 そうなの? 「あれ?雨花様、ご存知じゃないんですか?お見送りの時に、みんなの前で断られたって聞きましたよ?」 「えっ?……そんなこと言ってなかったよ?」 「えーっ?!じゃあガセネタですか?すごい噂になってるみたいなのに。去年のモナコ土産に、雨花様、誕生石と一緒にダイヤをいただいたじゃないですか?だから晴れ様も、若様の誕生石のダイヤをお土産に欲しいって言ったのに、断られたって」 「え?そんな話……あっ!」 ダイヤの話はしてなかったけど、そういえば真珠の話はしてたっけ。 「皇が断ったのは、真珠だよ?」 「え?真珠、ですか?……あ!晴れ様、お誕生日、六月でしたよね?誕生石、真珠じゃないですか?」 「そっか!誕生石!六月って、真珠なんだ?何で真珠なんて欲しいのかと思ってたけど、誕生石だからだ?」 「あー、それで、そういう噂になったのかな?」 「どういうこと?」 「ご自分の誕生石をお土産に欲しがったのに、若様から断られたって話が、若様の誕生石を欲しがったのに断られたって話になっちゃったんじゃないんですか?噂って、怖いですね」 「あ、でもね?皇、断ったわけじゃないよ?真珠は日本で買うから、お土産は違うものを買ってくるって言ったんだよ?」 「でもそれって、結局晴れ様は、誕生石をお土産に欲しいって言ったのに、お土産には買ってこないって、若様に断られたってことじゃないですか」 「えっ……そうなっちゃうの?」 「噂ではそうなっちゃったんじゃないんですかぁ?怖いですねぇ」 「……」 何かちょっと、申し訳ない気持ちになったのは、去年、オレは皇からダイヤモンドをお土産にもらっているからだ。 実際のところ、皇がダイヤを買ってきてくれたのは、オレの誕生石だけじゃ寂しいからって、おまけで付けてくれただけみたいだけど……。 買ってきてくれた理由はどうあれ、皇の誕生石を貰ったことは、結構な騒がれようだったもんね。 あげはの話だと、塩紅くんも、去年オレがダイヤを貰ってるのを知ってて、誕生石をお土産に欲しいって……皇に言った、みたいな噂になっているらしいし。 本当にそうだとしたら……何ていうかオレ、複雑だよ。 「雨花様がお気になさることじゃないですよ?」 「あ……うん」 そう、なのかもしれないけど……。 嫌な胸騒ぎが、じわじわ胸に広がっていた。

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