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夏休み~結果~②
「一年、経ったんだ」
着替えを終えてすぐ、モヤモヤした気持ちを切り替えようと、部屋の冷蔵庫から、プラチナの箱を取り出した。
綺麗に真空パックされたチョコプレートを眺めると、いつも去年の誕生日の、幸せな気持ちを思い出せた。
一年前、このプレートの言葉に感激しながら、ろうそくを吹き消す前、いちいさんに願い事をするように促されて『みんなも幸せな誕生日を迎えられますように』と、願った。
皇とみんなにお祝いしてもらえたことが、本当に嬉しくて……。
みんなの誕生日も、こんなふうに、オレと同じように、幸せだったらいいなって、思ったから。
何か、いい子ぶってるみたいで、その願い事については誰にも言ってないけど……。
この一年、みんな幸せな誕生日を迎えられたかな?
「今日、仲間が増えるかもね」
そう言いながら、プラチナの箱を冷蔵庫に戻したところで、いちいさんが朝ご飯だと呼びに来てくれた。
朝ご飯を食べ終えると、屋敷の飾り付けをするからと、あげはに離れの和室に”軟禁”された。
「雨花様、ボクがいいって言うまで、絶対ここから出たら駄目ですよ?」
「ふふっ。うん、わかった」
和室にはすでに、たくさんの贈り物が置かれていて、オレが和室に軟禁されたあとも、さんみさんたちが、あとからあとから贈り物を運び込んで来てくれた。
高遠先生からの課題も今日はないし、オレは片っ端から贈り物を確認して、贈ってくれた人たちに、礼状を書くことにした。
いつからか、礼状を書くよりも、壁掛け時計を気にする時間のほうが長くなっていた。
皇が来るのは、10時……。
9時を少し過ぎた頃、鶯張りの廊下が、賑やかな音を立てたのが聞こえた。
もしかして、皇?!
いつも約束の時間より早かったりするもんね。
皇が来たのかもしれないと、扉が開くのをドキドキしながら待っていると、外から息を切らしたようなあげはの声が聞こえてきた。
「雨花様っ!」
慌てているあげはの声に驚いて、オレは握っていた筆を急いで置いて、扉を開けた。
「どうしたの?!」
「はぁ……いえ、あの……」
オレを見て、安心したように息を吐いたあげはは、唾をゴクリと飲み込んだあと、必死だった顔を急にコロリと笑顔に変えた。
「雨花様がこっそり抜け出さないよう、見張りに来ました」
「えええっ?抜け出さないよー」
オレが抜けださないようにって、あんな必死になってたの?どれだけ準備中の様子を見せたくないんだか……。
「えへへっ。本当は……僕、準備の邪魔になっちゃいそうで、雨花様お一人じゃお暇だろうしって思って、来ちゃいました。小姓の仕事は、候補様のお相手をすることですから」
オレの何のお相手をしてくれるんだか。
可愛いあげはの申し出につい吹き出すと、あげはは頬をぷぅっと膨らませた。
「何で笑うんですかー?」
「ごめんごめん。じゃあ、うちの小姓さんに何をしてもらおうかなぁ?そうだ!あげはにこの前あげた昆虫図鑑、もう見た?」
「ぅえっ?!」
何故か大袈裟に驚いたあげはと、しばらく虫の話をしながら、礼状の続きを書くことにした。
この前みんなで花火を見た時、あげはが虫を怖がっていたから、昆虫図鑑で虫のことを知ったら、ちょっとは怖くなくなるかなって、図鑑をプレゼントしたんだ。
虫の話のあとに、あげはの噂話を聞いていると、いちいさんが和室にやってきた。
ふと時計を見ると、すでに10時を過ぎている。
皇が着いたのかな?!
「あげはもぼたんもどこに行ったのかと思えば……」
和室の扉を開いたいちいさんが、あげはを見て顔をしかめた。あげはがここに来たこと、知らなかったんだ?
「パーティーの準備に、僕はお邪魔みたいだったので」
「あれ?でも、ぼたんはここには来てないですよ?」
「どこに行ってしまったのでしょう?あ……雨花様。準備が整いましたので、ホールにいらしていただけますか?」
「はい!」
いちいさん、皇のことは何にも言わないけど、いちいさんってオレのことすぐ驚かそうとするから、もしかしたら皇、すでにホールにいるのかも!
ちらりと時計を確認して和室を出ると、いちいさんが『若様もすぐいらっしゃるかと存じますよ』と、笑った。
「う、あ……はい」
恥ずっ!
でも……もうすぐいらっしゃるってことは、皇、まだいないのかな?
急に胸がざわざわし始めた。
やっぱり、何だかずっと不安なんだ。何が心配でこんなにざわざわしてるのか……塩紅くんのことだけが原因じゃない気がする。
だからって何が不安なのか、自分の中で原因を探ることさえ、上手く出来ない。
何だろう?……何か、怖い。
でも、皇の顔を見たら、こんな不安とか、全部吹き飛びそうな気がするんだ。
「若様のプレゼント何でしょう?楽しみですね?雨花様」
「うん」
皇……すぐ戻るから待ってろって、手紙に書いてたじゃん。
待ってるよ。待ってるから、早く……戻って来て。
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