339 / 584
夏休み~結果~③
「どうぞ、雨花様」
いちいさんは、大広間のドアを重そうに開いた。
と、同時に鳴らされるクラッカーの音と『雨花様おめでとうございます!』という、たくさんの声!
「うわぁ……ありがとうございますっ!」
火薬の匂いを嗅ぎながら大広間に入って、皇の姿を探した。
……いない。
やっぱり、いちいさんのサプライズじゃなかったんだ。
「若様もすぐいらっしゃるでしょう。先に私共からお祝いさせていただきたいと存じます」
いちいさんはそう言って、オレを大広間の一番奥の席に案内してくれた。
側仕えさんたちの色々な余興を見ているうちに、11時も過ぎてしまった。
そろそろ、みんなお腹も空いてくる時間だよね。
皇が来るのが10時くらいの予定だったからだと思うけど、テーブルにはまだ、飲み物しか乗っていなかった。
「皇、まだみたいですし、先にお料理いただきませんか?」
並んで座っているいちいさんとふたみさんにそう言うと、二人は顔を見合わせた。
「若様がどれくらいにいらっしゃれるか、今一度駒様にお伺いしてみましょう。少々お待ちください」
いちいさんはそう言って、部屋を出て行った。
モナコからの長い移動なんだし、予定より遅れることもあるよね。
そうは思うのに……ずっとざわざわ続いている胸騒ぎが、どんどん怖い想像を頭に浮かばせる。
こんなに遅いのは、もしかして、皇の乗ってる飛行機に何かあったんじゃ……。
皇自身に、何かあったんじゃ……。
サクヤヒメ様に護られている皇に、”何か”なんてあるわけない。皇がそう言ってたじゃん。何かあるとしたら、候補であるオレのほうだって、いつか言ってたじゃん。
大丈夫だよ。皇は大丈夫。
だけど……いちいさんは、なかなか戻って来ない。
「皇に、何かあったんじゃ……」
ついそう口にしてしまった時、いちいさんが部屋に戻って来た。
「いちいさん!皇は?」
「若様は、こちらにいらっしゃるのが遅くなるそうです」
「皇、無事なんですよね?」
「もちろんでございます。すでに日本には戻っていらっしゃるそうですが……急用が入ったとのことで……」
「はぁ……だったらいいんです。無事なら全然……」
良かったぁ……。
「皇が遅くなるなら、先に始めませんか?あ!でも、ここのいさんもいないですよね?」
ぼたんは戻ってきているけど、ここのいさんは今朝から顔を見ていない。
「九位様は今日、三の丸でお仕事だそうです。あとで合流するからとおっしゃってましたよ?」
やつみさんはそう言って『九位様のことはお気になさらなくていいですよ』と、笑った。
ここのいさんは、うちの側仕えさんたちのお目付け役であり、三の丸の看護師さんでもある。
どっちかっていうと、三の丸の看護師さんが本業ってことになるのかな?こっちにいるよりも、三の丸にいることのほうが長いみたいだし。
「あー!八位様がそうおっしゃってたって、九位様がいらしたら言っちゃおー!」
「あげは!……一位様がおっしゃってたことにしておいて?」
「あははっ!」
皇は、無事だ。日本に帰って来てるっていうんだから。
急用って、何だろう?やっぱり……塩紅くん、かな?
また落ち込みそうになって、頭に浮かんだ疑問を無理矢理閉じ込めた。
皇が無事なんだから!とりあえずそれで良し!
「じゃあ、先に始めちゃいましょうか?」
「若様、またヒーローみたいに現れるんじゃないですか?」
あげはが含み笑いをしながらオレを見た。
「え?」
「ヒーローって、なんでいっつもギリギリに来るんですか?若様も、去年の雨花様の誕生日とか、新嘗祭の練り歩きとか、もう駄目だー!って時に、かっこよく参上なさいましたよね?」
「あははっ!そうだったね」
そうだよね。
皇、約束の時間より早く来ることも多いけど、遅いよ!ってことも多かったっけ。
……帰国してて”急用”ってことは、塩紅くんのところに行ってる可能性が高い気がする。
それならそうだって言ってくれたら、皇の身に何かあったんじゃないかなんて、こんなに心配しないのに。
でも……それがどんな急用だとしても、ケーキを持って、オレのところに来てくれるよね?待ってろって、言ったもん。
時計が正午を知らせてすぐ、大広間のドアがノックされた。
皇?!
そう思ってすぐ、皇がドアをノックするわけないとガッカリした。
広間に入って来たのが駒様だとわかると、その後ろに皇がいるかも!と、また期待したけど……大きな箱を持った駒様の後ろからは、誰も入って来なかった。
「雨花様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「若様は本日急用が入り、これだけは届けるよう、ケーキをお預かりしました」
「えっ?」
それって……今日、皇は来ないって……こと?
ともだちにシェアしよう!