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夏休み~結果~④

モナコに出発する前の日、皇は、家族旅行より、大殿様たちに会えるってことより、オレの誕生日が優先だって……オレの18歳の誕生日は今日だけだって、言ってくれたのに……。 そうだよ!そんな風に言ってくれたのに来られないなんて、やっぱり皇に何かあったんじゃないの? 「皇……無事なんですか?」 「ご無事です。心配いりません」 駒様は、持っていた大きな箱をオレに手渡すと、それ以上何の説明もせずに『では』と一礼して、部屋を出て行ってしまった。 皇が本当に無事なら……急用って、やっぱり塩紅くんの体調が悪いからってことしか、思い浮かばない。 でも、塩紅くんがすごく具合が悪いなら、もっと早く皇は帰国してるはずだ。 それに、塩紅くんのところにお見舞いに行ってるだけだったら、ケーキを届けるくらいは、自分でしてくれると思う。すぐそこなんだから。 候補にはケーキを手渡すことにしてるって、皇、言ってたし。 ってことは、やっぱり塩紅くんが原因じゃないのかもしれない。 じゃあ、何?皇が今日、オレのところに来られない理由って何?全然、わかんないよ。 ずっしり重いケーキの箱を持ったままぼーっとしていると、ふたみさんが『いただく準備をして参りますね』と、部屋を出て行った。 「……」 オレが散々皇のこと、ないがしろにしてきたから? 皇なら許してくれるだろうからって……皇のこと、いっつも後回しにしてたから? 皇、いつも今のオレみたいな気持ちになってたのかもしれない。 皇をこんな気持ちにさせてたオレに、罰があたったのかもしれない。 絶対にもう皇を悲しませないようにって、オレも同じ気持ちにさせられてるのかもしれない。 もう絶対しないから。皇に……会いたい。 「お待たせ致しました」 大きなワゴンを押したふたみさんが広間に戻って来た。 「さぁ、雨花様。どうぞケーキをお開けください」 「……はい」 そうだ!今年の願い事、皇に早く会えますように……に、しよう! そう思いながら、ワゴンに乗せたケーキの箱を開いた。  「えっ?」 箱を開けて、息を飲んだ。 箱の中に入っていたのは、かろうじて丸い形をとどめているって程度の、溶けかけたチョコレートケーキだ。 ケーキの上に乗っているチョコプレートに書いてあっただろう白い文字は、完全に溶けていて、ケーキの上ににょろにょろと流れてしまっていた。 「どうなさいました?」 息を呑んだまま固まったオレの隣から、ふたみさんがケーキの箱を覗き込んで『あっ』と、小さく声を上げた。 不思議そうな顔をしたいちいさんも、ケーキを覗き込んで顔をしかめた。 どうして? こんな風に溶けちゃうなんて……このケーキ、暑いところに長く放置されてたってことじゃないの?誕生日祝いのケーキを放置するなんて……皇がそんなことするわけない! ケーキを放置しなきゃいけなかったくらい大変なことが……皇に何か大変なことが起こってるんじゃないの?! 「いちいさん!本当は皇に、何かあったんじゃないんですか?!」 いちいさん、本当は皇に何があったのか知ってるんじゃないの?! いちいさんは少しの沈黙のあと、にっこり笑った。 「若様はサクヤヒメ様に守られていらっしゃいます。その若様に、何があるとおっしゃるのですか?しかし、それでも雨花様は、若様がご心配なのですね?雨花様がそこまで若様を想っていらっしゃるとは……雨花様の一位として、喜ばしく存じます」 いちいさんは『ご心配いりません』と言いながら、ケーキの箱の蓋を閉めると『菓子職人に……』と言って、ふたみさんにケーキを箱ごと渡した。 皇……本当に大丈夫なの? でも、いちいさんがオレに嘘をつくわけない。 「もしかすると、プレートに書かれていた文字は、私共が見てしまっては、雨花様が恥ずかしがるようなお言葉だったかもしれませんよ?」 そっ!……それは……可能性としては、ちょっと……あり得る、かも。 「プレートのお言葉は、若様とお二人になってから、囁いていただいたらいかがでしょう?」 いちいさんの言葉を聞いて、あげはが『ひゃー!』と、赤くした顔を両手で隠した。 ちょっ……何か、オレがめちゃくちゃ恥ずかしいことになってるー!いちいさーん! 「若様がいらっしゃれば、雨花様を連れて和室に入ってしまわれるでしょう。みな、若様がいらっしゃる前に、雨花様に余興を見て頂かねばなりませんよ!」 「おーっ!」 いちいさん!なんつう恥ずかしいことをっ! でも……いちいさんのその言葉で、オレの不安な気持ちが伝染したみたいだったホールの空気が、また明るいものに変わった。 いちいさん……いつもはあんなからかうようなこと、言わない。 きっと、わざとあんなことを言って、みんなを盛り上げてくれたんだ。

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