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夏休み~結果~⑤
いちいさんは、若様が来たら……って、言った。
皇が今日来るって、信じてくれてるんだ。
みんなもきっと、同じ。
オレがへこんでたら、みんなもへこんじゃう。
駒様は、今日皇が来られなくなったとは、言ってない。そうだよ。
ううん、もし本当に今日、皇が来られないとしても、皇が無事なら、もうそれでいい。
今日会えなくても、ずっと会えないわけじゃない。もともとオレにとって誕生日は、お祝いしてもらう日じゃなかったんだし。産んでくれてありがとうってお礼を言う日だったはず……で……。
「……」
今年は、柴牧の母様に直接会って『ありがとう』とは、言えないかもしれない。
……あとで電話をしておこう。
みんなの余興も出尽くして、各々歓談を始めたのを見計らって、実家に電話をしたいといちいさんに伝えた。
それだけでいちいさんには、どんな用事で電話をするのかわかったようだ。
『どうぞごゆっくり』と、ニッコリ笑って見送ってくれた。
机の上に置きっぱなしの携帯電話を取りに行こうと、自分の部屋のドアを開けてすぐ、南側の窓の外に、ちょこんとお座りをして、じっとこちらを見ているシロと目が合った。
「シロ!どうし、た……」
窓を開けて、シロの頭に手を触れてすぐ、シロに乗っていけば、皇のところに行ける……と、そんな考えが、ふっと頭に浮かんだ。
シロなら……オレのこと、あっという間に皇のところに連れて行ってくれるじゃん!
「シロ……」
ほんのちょっとだけ……皇のことが見られるだけでいいんだ。皇が無事だってわかれば、それでオレ……みんなの前でちゃんと笑っていられるから!
「シロ、お願い。皇のところに連れていって」
シロに乗せて行ってもらえば、ちょっと長電話してましたくらいの間に、皇のところに行って戻って来られるはず!
皇がどこにいるのかわかんないけど……日本にいるなら、シロ、行けるよね?
シロは早くしろとでも言うように、オレの着物の袖を咥えて引っ張った。
「ありがとう!シロ!」
袴を持ち上げて窓から飛び降りると、シロはすぐにスッと伏せをした。
オレが背中に跨ると、シロはすぐに立ち上がった。
ヒュウっと、暑い風に体を引っ張られそうになるのと同時に、必死にシロにしがみついて目を閉じた。
ものすごい風圧に振り落とされそうになるけど、不思議と怖いとは思わない。
むしろ、何だかほんわりとした安心感に包まれて、漠然とあった不安感が、何かに昇華していくような気さえする。
皇……無事、だよね?無事なんだよね?
あっという間に体を引っ張っていた風が止み、シロが体を下げたのを感じて目を開けた。
「……えっ?」
三の丸?だよね?ここ。
シロが止まったところは、オレが何度もお世話になっている三の丸の病院施設の裏側だった。
……って、ことは……やっぱり皇に何かあった?!
急いでシロの背中から飛び降りると、シロがオレの帯を咥えて、走り出しそうなオレを止めた。
「何?シロ?オレ、早く行かなきゃ!」
シロはオレの帯を咥えたままぐいぐい引っ張って、三の丸の建物の端にある小さな窓の前で止まると、オレの帯を口から離した。
「え?」
もしかして、皇がこの中にいるの?
窓にはカーテンがかかっていて、中が覗けない。どうにか覗けないかと窓に手を伸ばすと、鍵がかかっていなかったらしい窓は、音もなくスーッと簡単に開いてしまった。
びっくりして窓から手を離した瞬間、中の音が鮮明に耳に入って来た。
「大老様には連絡が取れましたか?」
誰の声だろう?大老様に連絡?やっぱり皇がここに運ばれてるんだ!
オレは、カーテンをほんの少しめくって中の様子を伺った。
部屋の中央に置かれたベッドを取り囲んで立っている、何人もの背中が見えた。
ベッドに横になっている人が誰なのか、そのせいで見えない。
皇がそこに寝てるの?
ベッド脇に立っている人たちが塀のようになって、オレの視界から皇を隠しているように感じた。
その時『今、大老様と連絡が取れました!すぐにこちらにいらっしゃるとのお返事をいただきました!』と言いながら、駒様が病室に入って来たのが見えた。
駒様が病室に入って来ると、塀のようにベッドを隠していた人たちが一斉に動いた。
と、同時に、今まで見えていなかった、ベッドのすぐ近くの椅子に座る、見知った背中が視界に入った。
「すっ……」
皇っ?!
つい声が出て、急いで窓から離れた。
あの背中、間違いなく皇だ!
皇……だよね?もう一度そっとカーテンをめくって中を伺うと、駒様に耳打ちされている皇の横顔が見えた。
やっぱり皇だ!皇、無事だった!
良かったぁ!
でも……じゃあ……あのベッドで寝てるのは……誰?
やっぱり、塩紅くん?!
でも……大老様を呼んだって、言ってた。オレ、何度か倒れてるけど、大老様が来たことなんて一度もない。
そのベッドの人、塩紅くんじゃ、ないの?
一体、誰?
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