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夏休み~結果~⑧
大老様が……どうして?
塩紅くんのことで?こんなことになったのは、オレのせいだって責めに来た、とか……。
ベッドに入ったまま怖くて身震いすると、大老様のすぐ後ろに、駒様の顔が見えた。
え?駒様?駒様まで……どうして?
余計怖くなって、このまま逃げ出してしまいたくなる。
駒様は、部屋に一歩入るとドアを大きく開けて、廊下に向けて頭を下げた。
ドアの向こうから、ふわりと独特な香りが漂ってきた。
この香り……。
「雨花」
「っ!?」
大老様と駒様がいるのも、気持ちが悪かったのも全部蹴散らすように、ドアの外にほんの少し見えた皇のもとに駆け寄った。
「雨花」
目の前に立ったオレを見下ろして、皇はきゅっと口を結ぶと、オレをそっと胸に抱きしめた。
「皇……」
もう……会えないかもしれないって……すこくすごく、怖かった。
塩紅くんの言葉を聞いて、オレはもう……皇と会えないかもしれないって……。
塩紅くんは?
塩紅くんはどうなったの?
オレのとこに来てていいの?
大丈夫なの?
どうしてこんなことになってるのか、わからないことだらけで、何から聞いたらいいのかわからない。
ただ無言で皇を見上げると、大老様が咳払いをした。
「まずは、部屋に入っていただけますか」
オレは飛び上がるような勢いで、皇から離れて部屋に戻った。
「聞いておったそうだな」
三人掛けのソファに座った皇が、オレを隣に座らせると、大老様が向かいの一人掛けソファに座って、駒様がそのすぐ隣に立った。
何を聞いたのか……そこに主語がなくても、何のことかすぐわかった。
「……うん」
三の丸で、さっき見た光景が頭に浮かんだ。
皇を責める、塩紅くんの声。
また吐きそうになって、ごくりと唾を飲み込んだ。
「塩紅君は?」
「寝ておる」
あんな状態で眠れるわけない。
無理矢理、眠らされたのかもしれない。
「雨花様がご存知なら話は早い。若、お早く」
前に座る大老様が、皇に向かってそう言うと、皇はポケットを漁ってオレの手を取った。
皇の手……いつもと違う。
……冷たい。
皇の手が離れたと同時に手の平を開くと、皇に渡されたのが、自転車の鍵だとわかった。
「遅くなったな。……すまぬ」
皇がオレに謝ったのが、何だかものすごく、イヤだった。
何て言ったらいいのかわからなくて、ただ首を横に振った。
「一位より、ケーキが溶けておったことも聞いた。……すまぬ」
「そんなの!……いいよ」
そんなのいいから、謝んないでよ。
「これより、家臣団と直臣衆が集まって参る。そなたを祝っている時間も取れそうにない。……すま……」
「謝んな!」
「……」
「オレには……謝んないでよ」
どうしてかわかんないけど……謝って欲しくない。
皇を睨むように見上げると、皇はオレの手をギュッと握った。
「皇……」
「若、そろそろ皆が集まって参ります」
オレたちの前に座っている大老様は、手を組んだまま、前のめりの体勢でそう皇を急かした。
「もうしばらくは大丈夫かと存じます」
大老様の隣に立つ駒様がそう言うと、大老様は眉を顰めて腕を組んだ。
「駒、もうしばらく大丈夫だなどと悠長なことを言っている場合か。今すぐにでも本丸に戻り、これからのことを決めていかねば、重大な事態を招きかねない」
「……」
「これからの、ことって……」
直臣衆さんと家臣団さんを集めて、何を決めるの?
皇を見上げると、皇は目を伏せ、オレの手をもう一度強く握った。
「晴れの処遇決めだ」
「え?」
塩紅くんの処遇決め?
「塩紅部長より、晴れを実家に戻したいとの申し出があった」
「えっ?!実家に戻すって……」
候補を、降りるって、こと?
大老様は『今回の件、宿下がりごときで事を収めようなど、そのような手緩い処遇で済むようなことではございません』と、顔をしかめた。
「どういう……こと、ですか?」
宿下がりって……実家に戻すって……傷付いた塩紅くんが処罰されるってこと?どうして?塩紅くん、候補ではいられなくなるってこと?
「皆、晴れ様は自殺未遂だなどと言っておりましたが……それは違います」
「え?!」
塩紅くんは、自殺未遂じゃない?
塩紅くんのお父さんは、塩紅くんが自分で切ったって言ってたけど……誰かにやられたってこと?
「奥方様の候補は、鎧鏡一門にとって、何より守るべき大事な存在。候補になられた日からその御身は、候補様ご自身だけのものではございません」
「……」
「晴れ様は、我ら鎧鏡一門が、何より守るべき奥方様候補を殺そうとなさったのです。晴れ様のなさったことは、自殺未遂などではありません。殺人未遂です」
オレの手を握る皇の手が……小さく震えた。
ガクガク震える自分の膝を片手で押さえながら、オレは、皇の手を強く握り返した。
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