345 / 584
夏休み~結果~⑨
「若、時間がありません」
「大老様、若様は……このままこちらにいらっしゃっても……」
駒様がそう言うと、大老様は顔をしかめた。
「若をここに残す?……お前のその甘さが、若の甘えを引き起こすのだ。晴れ様の件は、ひとえに若の甘さが原因」
「そんなっ!」
違う!塩紅くんはオレのせいで……。
「どうしました?雨花様」
大老様は、駒様から視線を外し、今度はオレを冷たく見つめた。
「す……若様が、原因じゃ……」
塩紅くんがあんなことをしたのは……オレのせいだ。
「今回の一件、若が全ての原因です」
「違います!塩紅くんはオレのせいで……」
そう言うと、皇はまたオレの手を強く握った。
「何を申す!そなたに何の原因がある?」
「だって!」
だって塩紅くんは、皇をオレに会わせないために、あんなことをしたんでしょう?
「雨花様」
「……はい」
「若を庇おうというお気持ち、候補様として見上げたものです。ですが、候補様の過失は、どのようなものであれ、全て若の責任。候補一人管理出来ず、鎧鏡一門を背負っていけるとお思いですか?」
鎧鏡一門を、背負う?
皇一人に責任を負わせて、何が一門だよ!
「皇一人が……鎧鏡を背負ってるんですか?」
「は?」
「皇一人に何もかも背負わせるのが、鎧鏡一門なんですか?!」
皇……震えてた。
塩紅くんが自殺未遂を起こしたこと、皇のせいだなんて……そんなの、怖いに決まってる!
皇は殿様気質だし、マネキンみたいだし、動じなさそうに見えるけど……自分のせいで自殺未遂が起こったなんて思ったら……怖くて仕方ないに決まってる!
皇はオレとおんなじ18歳で、まだ高校生なのに……次期当主だからって、皇が全部の責任を負わないといけないの?そんなのおかしいよ!
「皇の存在に、オレたちが支えられて、オレたちも皇を支えて……そうやって助け合うのが、一門なんじゃないんですか?!」
オレは鎧鏡一門のことを知らずに育った。だから一門の意味も全然わかってないのかもしれない。
でも皇一人に『鎧鏡』を背負わせて、全部の責任を負わせて、みんなが皇にぶら下がってるだけの関係が鎧鏡一門なの?
苦しい時に助け合うのが一門なんじゃないの?
「雨花、大老を責めるでない」
「え?」
思いもよらない皇の言葉に驚いた。
どうして?!どうして大老様を庇うんだよ!
「大老、しばらく雨花と二人で話がしたい」
「時間がありません」
「少しで構わぬ」
大老様はため息をつくと『皆の前で若を呼び捨てにすることはお控えください』とオレに言って、駒様と部屋を出て行った。
オレ……興奮してつい『皇』って、呼んでた。
「雨花」
扉が閉まると、皇はすぐにオレを強く抱きしめた。
「皇……オレ……」
「そなた、また何を勘違いしておる?晴れの件、そなたには何の非もない。己を責めるな」
「でも!」
「責めるでない。そなたが己を責めるほど……余が、辛い」
皇は、自分のせいだって思ってるから、それをオレが自分のせいだって言ったら……辛くなる、って、こと?
「大老のことも、責めずにおれ」
「だって!」
「余がここに参ったのは、大老の計らいだ」
「え?」
大老様が、皇をここに連れて来てくれたの?
「本来であれば、すぐにでも本丸に戻らねばならぬに、このような時こそ、普段通りに振る舞わねばならぬという理由で、大老が余をここに連れて参った」
「ど……して?」
「余が、ここに参るのを望んだからだ」
皇は、もう一度オレを強く抱きしめた。
「雨花……正直、これからどうしたら良いか……途方に暮れておる」
「そんなの!当たり前だよ!そんなの……」
ぎゅうっと皇を抱きしめると、皇は、オレの頭に頬を擦り付けた。
「駒の言う通り、ここに逃げるという選択も出来よう。だが雨花、そなたも知っておろう。余は……鎧鏡の当主としてしか生きられぬ。そのように育てられた。ゆえに……家臣の望む余でありたいと思う」
「皇……」
その時、外からドアをノックされ『時間がございません!』という、大老様の声が聞こえた。
「皇……」
「……」
皇は、オレをぎゅっと抱きしめた。
「皇、オレ……オレに、何が出来る?」
「ここで……余を待っていて欲しい」
皇の腕の中で小さく頷くと、皇も頷いた。
廊下から『若!』という大老様の声が聞こえてくる。
そのすぐあとに『大老様、今しばらく』という、駒様の声も聞こえてきた。
駒様のその声が聞こえると、皇はオレをさらに強く抱きしめて、体を離した。
「今年は、そなたを実家に届けられそうにない。……許せ」
皇はそう言うと、勢いよく部屋のドアを開けた。
「お館様がご不在の今、余が鎧鏡一門をまとめぬで誰がまとめる。……参るぞ」
皇は、振り向かずに部屋を出て行った。
ともだちにシェアしよう!