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夏休み~結果~⑩
皇が出て行ったあと、いちいさんとここのいさんが入って来て『黙っていて申し訳ございませんでした』と、オレに頭を下げた。
いちいさんは、駒様に連絡を取った時、塩紅くんが自分で手首を切ったことを聞いていたのだと話してくれた。
いつかは知らせなければならないことだとしても、誕生日の今日だけは、オレに知らせずにいたいと思ってくれていたって……。
塩紅くんの怪我は、手首の皮を切った程度のものだと、ここのいさんが教えてくれた。
命を左右するような傷ではないって……。
塩紅くんが手首を切って、意識を失ってしまった場に居合わせた桐の一位さんは、動転して色々なところに連絡を入れたらしい。
そのせいであんな大事になってしまったのだとここのいさんは言ったけど……動転して当たり前だと思った。
失神したのは、塩紅くんのお父さんが言う通り、自分のキズから流れる血を見たからだろうということだった。
学校でも、オレの額の血を見て気分を悪くしてたし……塩紅くんは、本当に血が苦手なんだろう。
なのに……手首を切ったんだ。
皇はオレに、自分を責めるなって言ってたけど……塩紅くんをそこまで追い詰めたのは……やっぱり……オレ、なんだと思う。
だって塩紅くんは『これでもうあんたはあいつに会えない』って、言った。
『わざわざ帰ってきたのに、あいつはもうあんたを受け入れられない』って……。
今日皇は……オレを祝いにモナコから帰って来てくれた。
それは、塩紅くんも知っていることだ。『わざわざ帰って来なくていいって言ってあげたら?』って、言われてたし……。
塩紅くんが言ってた『あいつ』は、間違いなく……オレなんだ。
オレを皇に会わせないために、塩紅くんは、あんなこと……。
「ふぅっ……」
気持ちが悪い。
「大丈夫ですか?」
「だいじょ、ぶ……です」
「お医者様を呼びましょう」
そう言うここのいさんを、大丈夫だからと止めた。
吐き気止めの薬だけもらって、横になると言って、二人に部屋を出てもらった。
ベッドに横になると、窓の外に、起きた時と同じ快晴の真っ青な空が広がっているのが見えた。
今朝空を見た時には、ただただ幸せな気持ちでいっぱいだったのに。
「シロ……」
胸の苦しさをどうにかしたくて、シロに手を伸ばした。
シロに触れるとどんな時でも、安心出来た。
シロはのそりと動いてくると、オレの頭からすっぽり守るように、枕の上で横になった。
塩紅くんは、こんなことがあったと知ったら、オレが皇を受け入れられないって言ってた。
確かに、皇が部屋まで来てくれなかったら、オレ、自分からは皇に会えなかったかもしれない。
皇も、塩紅くんが言ってる『あいつ』が、オレのことだってわかってると思う。
だとしたら、こんな事態を招いたオレと、会わないほうがいいって、判断するんじゃないかと思ってた。
でも……皇は来てくれた。
大老様がここに皇を連れて来てくれたのは、皇が望んだからだって……言ってくれた。
塩紅くんのこと、全部、自分の責任にして……。
弱いままのオレだったら、皇と距離を取ることを選んでたかもしれない。
でも……皇の渡りが減らされたって聞かされたあの日……皇の辛そうな顔を見て……オレ、強くなりたいって思ったんだ。
オレのせいで塩紅くんが自殺未遂したと思うと、怖くて今すぐ逃げ出したい。
怖い……怖いよ。
「皇……」
怖い……でも、絶対逃げない。
皇と約束したんだ。ここで待ってるって。
「皇……」
皇、震えてた。
鎧鏡一門を守るために、怖いのを乗り越えて会議に向かって行ったんだ。
そんな皇が、オレにここで待っていて欲しいって言ってくれた。
だからオレ……ここで待ってる。
皇のこと、ずっと待ってるから。
「ふぅっ……」
空気がうまく吸えない気がして、深呼吸した。
塩紅くんがあんなことをしたのは、ああすれば、オレが皇に会えないだろうって思ったから……だよね。
オレが皇のそばにいることで、傷付く人がいる。そんなふうに……思ったこともなかった。
「ずるいよ……」
塩紅くんは……ずるいよ。
あんなことするなんて……。
あんなことされたら……皇に会わないことを、選びたくなる。
でもオレは……塩紅くんをこれ以上傷付けないことより、オレに待っていて欲しいって言ってくれた皇を、守ることを選びたい。
だけど……。
そう決意すればするほど怖くなる。
死ぬことを考えるほど、塩紅くんを追い詰めたのは、オレなんだ。
怖くて……どうしようもなく怖くて……ベッドに横になりながら、何度も何度も、えずいた。
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