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夏休み〜母と母〜①

ベッドに横になって、シロに包まれたまま、窓の外の空と、時計を交互に見ていた。 吐き気がおさまらない。 吐き気止めの薬を続けて服用する時は、四時間以上あけるようにと言われている。 さっき薬を飲んでから、もうすぐ四時間が経ってしまう。 今、皇がどうなっているのか、全然わからない。会議はもう、始まっただろうか? 塩紅くんは……どうなったんだろう? 「雨花様?」 ノックの音と共に、ドアの外からいちいさんの声が聞こえてきた。 「はい」 吐き気で、声を出すのがつらい。 ため息のような返事を返すと『入りますよ?』と言って、いちいさんが入って来た。 「お加減いかがでしょうか?」 「……はい。大丈夫、です」 ベッドでゆっくり上半身を起こすと、いちいさんは『立てますか?』と、聞いてきた。 「はい。多分」 「大丈夫であれば、雨花様にぜひ会っていただきたい方がおみえです」 「え?」 誰? こんな時にお客さんなんて……。 「お辛いでしょうか?」 「いえ……大丈夫です」 誰とは言わないいちいさんに、お客さんが誰か聞く元気もなく、何とかベッドから起き上がって、促されるまま玄関まで歩いた。応接室じゃないの? 「あの……どこ、に?」 「どうぞ、お乗りください」 「え……」 いちいさんは、玄関に停まっていた車の後部座席のドアを開けた。 会って欲しい人って……どこにいるの? オレといちいさんが乗りこむと、車はすぐに走り出した。 これ……合宿所に向かう道だ。 会って欲しい人って、合宿所にいるってこと? 窓の外の景色を見ながら、胸の奥のモヤモヤが増していった。 誰が待っているのか……怖くて頭がグラグラしてきた時、車は見慣れた道から外れた。 この先にあるのは……二の丸の、お屋敷? 「会って欲しい人って……」 誰? 「由加里様です」 「えっ?!」 ゆかり様って……柴牧の、母、様? 初めて入った二の丸の屋敷は、梓の丸の屋敷と内装が似ていた。 吐き気がしていたのも忘れて、車から急いで応接室に向かうと、柴牧の母様がソファに座ったまま、オレに向かって呑気に手を振った。 「あっくん!久しぶり!」 「か、さま……」 本当に、柴牧の母様だ。 ……どうして? 「一位様、いつもお世話になっております」 母様はソファから立ち上がって、深々といちいさんに頭を下げた。 「いえ、こちらこそ、いつも大変お世話になっております」 いちいさんも応接室の入り口で深々と頭を下げると『では私は隣の間に控えております。どうぞごゆっくり』と、扉を閉めた。 「ど……して?」 どうして母様がここにいるの?今、皇と会議をしているだろう父上と一緒に来た、とか? 「若様が迎えを寄越してくださったのよ」 「えっ?!」 さっき『今年は実家に送れそうにない』って、皇、言ってた。 だから母様を、こっちに呼んでくれたの? ……バカ!今、お前、オレのことなんか、気にしてる場合じゃないのに……。 「何、泣きべそかいてるのよ?ママに会えて感動したの?」 「違います」 「ひどいわね。せっかく会いに来たっていうのに」 母様はいつもと全然変わらない。 鎧鏡家が今どういう状況か、聞いてないの?父上は本丸に呼ばれてるはずなのに……。 「父上から、何があったか聞いてないんですか?」 母様はソファから立ち上がって、オレの前まで歩いてくると『聞きました。晴れ様のことでしょう?』と、オレの手を取った。 やっぱり、知ってたんだ。 「塩紅くんのこと……オレの、せいなんです」 「え?若様は、自分が原因だっておっしゃってたわよ?」 「違うよ!オレが……」 オレは、塩紅くんの誕生日に、風邪をひいたオレのところに皇が来てくれたこととか、それがあったから、渡りの回数を減らされたのに、こっそり会っていたこととか、それをきっと塩紅くんは知ってて、それで傷付いて、あんなことをしたんじゃないかとか、そんなことを柴牧の母様に説明した。 「だから何?」 「え?」 だから何?って……何? 「あっくん、そういうとこ全然変わってないわね」 そういうとこ? 母様は小さく鼻から息を吐くと『そうやってすぐ自分のせいにしようとするところ』と、呆れた顔をして腕を組んだ。 「だって!」 本当にオレのせいなんだ!母様は何にも知らないくせに! 「自分の悪いところを一生懸命探して、何でも自分のせいにして……そのくせ、誰にも嫌われたくないとか思ってるんでしょ?それって、すごく矛盾してるって気付かないの?」 相変わらず、母様はキツい。 まったくもってその通りで、オレは何の反論も出来なかった。

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