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夏休み〜母と母〜⑤
誕生日から一週間は、あっという間に過ぎて行った。
「先生、よろしくお願いします」
誕生日翌日から、ずっと合宿所で勉強をしている。
あんなことがあったのが嘘みたいに、オレは、誕生日前と何も変わらない。
皇は未だに忙しくしているらしいのに……。
それすら風の噂で聞く程度で、一週間、皇と会っていない。
先生の授業を受けるため椅子に座ると、窓から入って来る光が、やけにまぶしく感じた。
カーテンを引くため窓に近付くと、いつか見たような真っ青な快晴の空が目に入った。
いつ見たんだっけ?そうだ。誕生日だ。あの日も、こんな風に真っ青な空だったっけ。
「うっ……」
カーテンを握った途端、強烈な吐き気に襲われた。
「雨花殿?」
「はぁ……ちょっ、と……」
立っていられない。
その場で、床に横になってしまった。
「雨花殿!」
苦しくて胸に置いた手に、びっくりする程バクバクしている心臓の動きが伝わってきた。
何……これ?
どうして?急に……こんな……。
先生が急いでいちいさんを呼んでくれて、オレはすぐに三の丸に運ばれた。
三の丸には母様が待っていてくれて、色々な検査をされた。
「体は、どこも異常なし。大丈夫だよ」
母様は、検査結果を見ながらそう言って、ベッドに横になっているオレの頭を何度か撫でた。
「この頃あんまり寝ないで勉強してるんだって?高遠先生から聞いたよ?」
「あ……逆、です」
「ん?」
勉強をするために、寝ていないんじゃない。
この頃、寝付きが悪くて、寝てもすぐに目が覚めてしまう日が続いていた。どうせ眠れないなら、勉強をしようと思って、夜中に勉強をしてたんだ。
先生、それに気付いてたんだ?
そう母様に言うと『眠れないの?』と、眉を下げた。
「あ……何か、寝てもすぐ起きちゃって……」
「そっか。色々、あったからね」
母様が言う『色々』は、塩紅くんのことだろう。でもそれを言ったら、色々あったのは、母様のほうだと思う。
塩紅くんのお父さんは、母様の病院の外科部長さんだし、塩紅くんのことだって、母様は小さい頃から可愛がっていたんだろうから。
オレは……色々なんかない。今だって、あの日以前となんら変わらない日を過ごしているだけだ。
「オレは何にも……母様のほうが、大変なんじゃないんですか?塩紅くんのお父さん、八月末で病院を辞めるんですよね?」
外科部長をしていた人が辞めてしまうんだ。母様だってその対応に追われてるんじゃないだろうか?八月末なんて、もうすぐなのに……。
「ああ、塩紅部長は、海外にあるしらつきグループの医療施設に派遣って形なんだけどね」
「そう、なんですか」
「うん。まぁ、急だからね、引き継ぎとかバタバタはしてるけど……でも急がないとね。ほら、海外って九月に新年度が始まることが多いでしょう?それに合わせて異動したほうがいいからさ。塩紅部長の仕事もだけど、ゆきちゃんの新しい学校のほうもね」
そっか。
塩紅くん……学校、変わるんだ。
「オレ……」
「ん?」
オレだけが……何も変わらない。
そう思ったら、何だか……胸の奥が、ムカムカする。
「みんな、大変なのに……オレだって、関係ないわけないのに……何にも関係なかったみたいに、前と何にも変わらない生活を送ってて……」
「ん?」
「だって……塩紅くんは、オレを皇に会わせないために……あんなことしたのに。なのに、みんな、皇ばっかり責めて……オレにだって責任があるのに!……誰もオレを……責めてくれない!」
皇はしっかり責任を取って前に進んで行ってるのに、オレは何も出来ないままで……。
柴牧の母様は、自分のせいにするなって言ったけど、オレのせいなんだって気持ちは、あとからあとから勝手に湧いてきて、全然止められない。
こんなこと、母様に言うことじゃないのに……。
オレはムカムカする気持ちを、母様にぶつけてしまった。
母様はふぅっと息をついて『青葉』と、優しくオレを呼んだ。
「今、千代が頑張ってるのは、ゆきちゃんが手首を切った理由とは関係ないよ」
「え?」
「例えば、ゆきちゃんの手首を切った理由が、私にいじめられたから……とか、千代には全然関係ない理由だったとしても、千代は今回と同じようにしたはずだよ?理由はどうあれ、千代の嫁候補がしでかしたことの責任は、候補を選んだ千代にあるとみなされる。その責任を取れないようじゃ、鎧鏡の当主とは認められないんだ」
「……」
「それにね?ゆきちゃんが手首を切った理由が、千代と青葉を会わせないためだったとして、青葉が責任を感じないといけないことなのかな?じゃあ今回のことが、ふっきーと千代を会わせないためだったとしたら、青葉はふっきーに責任を取れって言ってたの?」
「……言い、ません」
「うん。そうだよね?ふっきーを責めないんだったら、青葉を責めるのもやめなさい。青葉だけが特別、なんてことはないんだよ?」
母様の言葉に、涙があふれた。
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