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夏休み〜母と母〜⑥

「私も同じだったんだけどね」 「え?」 母様は、オレの頭を撫でながら、ふふっと笑った。 「もう何でだったか、理由は忘れちゃったんだけど……王羽(わこう)がしたことを、私のせいだって庇ったことがあってね。その時、冨玖院様(ふくいんさま)に怒られたんだ。”王羽の問題まで取り上げて、何でも自分で解決出来ると思ってるのか!何様のつもりだ!”って」 「え?」 「”王羽を庇ってお前は気分がいいだろうが、後々困るのは王羽のほうだ。お前がいないと駄目な人間にしたいのか!そんなもんは優しさじゃない!王羽を信じられない嫁は出てけ!”って、怒鳴られてさ」 「ええっ?!」 母様は、またふふっと笑った。 「そうしたら、今度は王羽が、冨玖院様から私を庇ってくれてさ。王羽に庇ってもらっちゃったもんだから、そのままその話はそこで終わっちゃって……冨玖院様とも気まずくなってね。でもそうなってみて、冨玖院様の言ってたことがわかったんだ。下手に庇われちゃうと、解決する機会を逃しちゃうんだなって」 母様は『青葉がそう考えちゃうのもわかるんだけどね』と言って、オレの頭をポンっと撫でた。 「……皇が、もう悔いるのは終わりにして、先に進むって、オレに言ったんです。そのあと、皇はどんどん進んで行ってるのに、オレは全然変わらなくて……。オレ、皇と並んでいたいから、一緒に進みたいって思うのに……全然駄目で……。でも、どうしたらいいかわかんなくて……」 「ん、そっか。……青葉と一番最初に会った時も、同じようなこと言ってたね。何をしたら役立たずじゃないのかって。青葉がここにいるから、みんな助かってるんだけど……いるだけでいいとかってさ、なかなか思えないんだよね。私も同じだったもんなぁ。好きな相手が鎧鏡家の跡継ぎなんて、余計さ、自分もすごいことが出来ないと釣り合わないとか、思っちゃったりね」 「あ!すっごい思います!」 「あはは、やっぱり?……私もね、自分は何にも出来ないって思ってたよ。でも……王羽にとっては、そうじゃなかったっていうか……私がここにいるから安心していられるとか言われて……って、あ!のろけじゃないよ?え?これ、のろけてるみたい?」 オレが笑いながらコクコク頷くと、母様は『そういうつもりじゃなかったんだけど』と、真っ赤になった。 「なんていうか、相手にとっての自分の価値は、相手が決めることでしょう?自分じゃわからないんだから、勝手に決めつけてへこまないよってこと」 「あ……はい」 母様は『うん』と、ニッコリしたあと、眉を下げた。 「さて。じゃあ、これからどうしようか?」 「母様……オレ、塩紅くんに会ったら、駄目でしょうか?」 ずっと怖くて、塩紅くんに会おうなんて思えなかったけど……オレ、塩紅くんに会わなきゃって、思う。 塩紅くんが手首を切ったことを、自分のせいにしなくていいって、母様たちが言ってくれた根拠とか、そういうのは、理解出来たけど……。 だけど、塩紅くんは、オレを皇に会わせないためにあんなことをしたって、言ってた。 塩紅くんは、自分の体を傷付けてまで、オレと皇を会わせないようにしたんだ。 他の候補様じゃなくて、オレを……。 「塩紅くん、オレと皇を会わせないように、あんなことをしたって言ってました。他の候補様じゃなくて、オレを……。オレ……塩紅くんに、そんなふうに思われてるなんて、全然思ってなくて……。むしろ、仲良くしてるほうだと、思ってて……。だから、知りたいんです。オレが、塩紅くんに、何をしたのか」 「そっか……。青葉をゆきちゃんに会わせる、か……んん……」 母様は渋るようにうなった。 「ゆきちゃんがそんなことを言ってたなら……面と向かって、ひどいことを言われるかもしれないよ?」 「……はい」 それでも、知りたい。 どうしてオレだったのか。 他の候補様じゃなくて、どうしてオレと皇を、会わせたくなかったのか。 「会ったらお互い傷付くんじゃないかって、すごい悩むけど……さっきの話をしたあとじゃ、会わないほうがいいとは言いづらいね。私がここで下手に庇ったら、二人の間の問題を解決する機会を逃すかもしれないもんね……。だけど、私からゆきちゃんに確認させて。青葉に会うかどうか」 「ありがとうございます!よろしくお願いします」 「うん」 「オレ……いっつも母様に助けられてばっかりで……。いつか必ず母様の役に立てる人間になります!」 「ありがとう。でもそういうさ、恩っていうの?それは、直接私に返さなくていいんだよ?青葉の助けを必要とする人が、この先きっと出てくる。その時、今の気持ちでその人を助けてあげて。私が今青葉を助けるのも、今まで色んな人に散々助けられてきた分の、恩返しみたいなもんなんだからさ」 母様は、にっこり笑って、オレの頭をポンッと撫でた。

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