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夏休み〜理由〜①
その時、勢いよくドアが開いた。
「雨花っ!」
「あ」
皇……。
病室に入って来たのが皇とわかって、オレは咄嗟に、ベッドの上で体を起こした。
「いかが致した?!」
皇は怒ったように顔をしかめながら、病室に入って来た。
一週間ぶりに会う、皇……。
何かもう……嬉しいとか通り越しちゃって、どんな顔をしたらいいのかわかんない。
「検査結果はどこも異常ないよ。過労、かな?眠れないみたいだから」
母様がそう言うと、皇はさらに顔をしかめて、オレを睨むように見下ろした。
「眠れぬ?!何故だ?」
「何故って、オレもよくわかんないけど……。でも、全然寝てないわけじゃないよ?寝ても、すぐ目が覚めちゃうっていうか……」
「一度寝入ると、何をしようがそうそう起きぬそなたが……」
何をしようがって、お前、オレが寝てる間、何してるんだよ?
「あ!じゃあさ。青葉、千代と一緒に寝てみたら?」
「へ?!」
母様!何を?
「千代と一緒の時に、よく眠れてるんだよね?だったら、千代と一緒に寝たら、ぐっすり眠れるかもしれないよ?眠れる薬を処方するのは簡単だけど……その前にちょっと試してみたら?千代、仕事はもういいんだろう?」
「はい」
「じゃあ、私は自分の部屋に戻るから、何かあったら呼んで?」
ニコニコしながら部屋を出て行こうとした母様は、ドアの前で『あ、そうだ』と、こちらを振り返った。
「青葉と一緒に、ゆきちゃんに会いに行くことになると思うから」
「は?何故ですか?」
皇は驚いた顔で母様を見た。
「そのほうが良さそうだから」
「……その必要はありません」
「千代になくても、青葉にはあるんだよ」
「許可出来ません」
母様は、そんな皇を睨みつけた。
「そうやって千代が庇うから、青葉が無駄に心配になるんじゃないの?」
睨み合う二人が心配になって、皇の袖を引いた。
「皇……」
皇はオレを見下ろすと、さらに顔をしかめて『ならぬ』と、オレの手を握った。
「千代の説得は青葉に任せるね。じゃ、おやすみ」
母様は手を振りながら出て行ってしまった。
えー?!母様ー!
「今更、何故晴れに会う?必要ない!」
皇はそう言いながら、オレが寝ているベッドに入ってきた。
「それより皇、ここにいていいの?忙しいんじゃないの?」
塩紅くんに会うことを許してもらう前に、そっちが気になる。
「そなたが倒れたと聞き、会議を抜けて参った」
「え?駄目じゃん!戻らないと……」
「余がおらぬでも会議は進む。余の仕事の代わりはいくらでもきくが、そなたと共寝が出来るのは、余だけだ」
皇は布団をめくると、オレを後ろから抱きしめてベッドに横になった。
「そなたが申したのであろう?鎧鏡一門を背負っておるのは、余一人ではないと。余が会議に出ぬでも、案ずることはない」
オレの手をしっかり握った皇の体温に、ドキドキする。
だけど……さっきみたいに、気持ちが悪くなるようなドキドキじゃない。
皇……。
オレの胸の前で組まれた皇の手にそっと触れた。
やっぱり皇は、あったかい。
「……晴れには、会うな」
皇は、抱きしめる腕に力を入れた。
「どうして?」
「聞かずとも良い話を聞くやもしれぬ」
「皇は……オレが塩紅くんに責められると思ってるってこと?塩紅くんがあんなことをしたのは、オレのせいだって思って……」
「そうではない!」
「だったら!……オレが塩紅くんと会っても、問題ないだろ?」
オレの手を強く握った皇は、そのまま黙り込んでしまった。
「オレ……大丈夫だよ?」
握られた手をほどいて、皇が見えるように体を回した。
皇の胸の位置から顔を上げると、まだ顔をしかめている皇と目が合った。
「……」
皇の顔を見ていられなくて、胸に顔を埋めた。
久しぶりに皇の顔を見られたことが嬉しくて、また嬉しいってだけで、他に何も考えられなくなりそうだったから……。
皇は何も言わないまま、オレをぎゅうっと抱きしめた。
「大丈夫だから」
さっきまで気持ち悪かったのが、嘘みたいだ。皇が来てから、心臓の音が怖くない。
「……余も共に参る」
「えっ?!」
「そなた一人で行かせることは出来ぬ」
またぎゅうっとオレを抱きしめた皇の腕の中で、オレは安心して、ほうっと息をついた。
体は本当に正直だ。しばらく眠れなかったのに、今はもう、まぶたを開けているのが苦痛なくらい、眠い。
「ん……」
小さく返事をすると、皇はゆっくりさするように、オレの両腕を撫でた。
オレは眠くてそれ以上何も言えずに、皇が撫でている腕から、どんどん体があたたかくなっていくのを感じながら、そのままぐっすり眠った。
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