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夏休み〜理由〜②
お盆が明けるのを待ってから、塩紅くんの家に行くことが決まった。
塩紅くんは、オレと会うことを了承してくれた。
お盆明けまでの数日間、オレは、具合が良くなったからと合宿所に戻っては吐き気に襲われて、また三の丸に運ばれるということを、何度か繰り返した。
オレが倒れるたび皇は、次期当主としての仕事を放って、オレのところに来てくれた。
オレが皇の足を引っ張っているようで心苦しく思ったけど、皇にそう話すと『余の優先順位を勝手に決めるなと申したはず!』と、不機嫌になったので、オレはそれから先、心苦しいとは言えなくなってしまった。
「大丈夫?気分が悪かったら、すぐに言うんだよ?」
塩紅くんの家に向かう車の中、母様は何度かオレにそう聞いた。
オレを気遣ってくれる母様も、どことなく緊張しているように見える。
「はい。ありがとうございます」
自分で塩紅くんに会うと決めたのに、いざ行くとなると……やっぱり怖い。
「案ずるな」
そう言った皇に、そっと手を包まれた時、いつの間にか自分で自分の指を、痛いくらい握りしめていたことに気が付いた。
「千代もね」
母様が、オレの手を包んでいる皇の手を、ポンポンっと撫でた。
「大丈夫。帰りは、きっとみんなで笑ってる」
にっこり笑った母様のその言葉にすがるように、オレは心の中で何度も、呪文のように母様の言葉を繰り返した。
「二人で俺を笑いに来たの?よく会いたいなんて言えたもんだよね」
久しぶりに会った塩紅くんは、最後に見た時より、ふっくらしたように見えた。
塩紅くんのお父さんに案内された塩紅くんの部屋は、カーテンが閉め切られていて、それでも真っ暗になっていないのは、真夏の強い日差しのせいかもしれない。
クーラーのきいた室内は、一歩中に入ると寒いほどだった。
オレたちを一瞥した塩紅くんは、ベッドで布団を頭まで被って、くぐもった声でそう言った。
「雪佳!」
塩紅くんの言葉を咎めるように名前を呼んだ塩紅くんのお父さんを、母様がやんわり制した。
塩紅くんのお父さんには、余計な口出しはしないで話し合わせてやって欲しいと、母様が頼んでくれていた。
「……」
塩紅くんのお父さんが黙ると、塩紅くんは『信じられないよ』と、布団の中で呟いた。
「あの……」
「とも先生と一緒に二人で来るなんて……無神経にもほどがあるよ」
塩紅くんは布団から顔を出して、オレをギッと睨んだ。
そう言われて、オレが皇と二人で会いに来るなんて、塩紅くんにとっては、どれだけいやなことだろうと、初めて思い至った。
だけど……来る前にそう気付いていても、塩紅くんとは一度、しっかり話をしておかないといけないって、きっとそういう結論になっていたと思う。
オレはどうしても、塩紅くんがあんなことをした理由を、聞きたかったから。
「自分の誕生日に自殺未遂を起こした奴に会いたいとか思う?普通」
「あの……オレ、塩紅くんのこと……傷付けて、た?」
わかっているのに疑問形になったのは、ハッキリ認めるのが怖かったからだ。
「は?傷付けてたか?鈍いっていいよね。自分がどれだけの人間を傷付けてるのか、自覚しなくて済むもんな」
「え?」
どれだけの人間を……って、オレは、たくさんの人を傷付けてるって、こと?
塩紅くんは小さく舌打ちした。
「あんたのことは、もうどうでもいいんだよ!あんたがどんなヤツだろうが、俺にはもう関係ない。でも……鎧鏡家の当主になる人が、あんたみたいなヤツを選ぶのは、どうしても納得いかない!」
塩紅くんは、今度は皇を睨みつけた。
「待っ……オレ、何、したの?」
オレ、確かに駄目候補って言われてたけど……誰かを傷付けた覚えなんかない!
「何をしたか?……何もしてないんだよ」
「え?」
「あんたは何にもしていない。鎧鏡家の奥方候補でありながら、候補の自覚すら持ってないだろ?」
「……」
「あんたが奥方候補らしいことが何も出来ない駄目候補って言われてたの、知ってる?」
「……知っ、てる、けど」
体育祭の時、皇が言いづらそうに教えてくれた。
でも、そんなの塩紅くんには関係ないじゃないか!むしろそのほうが、塩紅くんには都合がいいはずだし、皇はそんな風に思ってないって言ってくれた。
「じゃあ、あんたがそう言われることで、どれだけの人間が悔しい思いをしてるか、わかってる?」
「え?」
どういう、こと?
「あんたが駄目候補なら、去年、候補に選ばれなかった人間は、あんた以下の駄目人間って言われてるのと、同じなんだよ?わかる?その悔しさ。あんたが去年桃紙貰った人間全部の評価を落としてんだよ!」
「……何で、塩紅くんが?」
まるで、自分がそう感じてきたみたいに……。
塩紅くんは、ふっと鼻で笑った。
「あんたはホント、腹立つほど何にも知らないで、呑気なもんだよな。……去年の展示会……俺、ずぶ濡れで遅刻してきたあんたの隣にいたんだよ」
「えっ?」
塩紅くんが、オレと一緒の展示会に、いた?
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