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夏休み〜理由〜③
「信じられない?話そうか?あんたがあの日、やらかしたこと」
塩紅くんは、去年の展示会でのオレの様子を、こと細かく話し出した。
オレがずぶ濡れで遅刻してきたこと。
部屋のにじり口から入れられたこと。
ドロドロの足袋で、皇の足を踏んだこと。
オレがずぶ濡れで遅刻していったことを知ってる人は多いみたいだけど、皇の足を踏んだことまでは、去年の展示会に出てた人だって、知らない人のほうが多いと思う。
あの時、すごく近くにいた人じゃなきゃ、知るはずない。
塩紅くんは、本当に去年、オレの隣に……いたんだ。
「ずぶ濡れで遅刻して来て目立つなんて、直臣衆の息子でもなきゃ、怖くて出来ないよ、普通。……あんたは、そんなことをやらかしても許される直臣衆の息子なんだから、奥方様にならなくたって、直臣衆として鎧鏡家に貢献出来るだろ!でもオレは……そうじゃない!」
布団を投げ出した塩紅くんは、切った右手首を、ギュッと握った。
もう手首の包帯は取れていて、ほんの少し見えた傷跡は、かさぶたが取れたばかりなのか、薄いピンク色のペンで描いた直線みたいだった。
「俺は……医者になって鎧鏡家に貢献しなきゃいけないのに……血が苦手で……。このままじゃ、いくら勉強して医学部に入っても、医者になれないって思ってた時……最初の桃紙が届いたんだ」
塩紅くんは、もう一度オレをキッと見た。
「若様の奥方様になれば、医者になるよりもずっと鎧鏡家のためになれるって……父さん……すごく、喜んでくれて……。俺も、それなら鎧鏡家の役に立てるってホッとして……なのに!あの展示会で候補に選ばれたのは、あんただった。ずぶ濡れで遅刻するなんて小細工して目立って選ばれたあんたでも、すごい人だったら、俺だって諦めもついたよ!でも、あんたが曲輪に入ったあと聞こえてきたのは、あんたの悪い噂ばっかりだ!そんな奴に負けたのかよって……どれだけ悔しかったか……あんたにわかるかよ?!」
「……」
オレは……何にも言えなかった。
だってオレは本当に……去年の展示会で選ばれなかった人たちのことなんて……考えたこともなかったんだ。
「でも……いくら鎧鏡の若様といえども、初めて会う相手を一瞬見ただけじゃ、出来の良し悪しまでわかるわけないよなって思ってさ。見た目の好みで選んだら、運悪く出来の悪いヤツだったんだろうなって、若様の運の悪さに同情すらしてたんだ。だから俺のところにもう一度桃紙が届いた時……俺はあんたの真似をしようって思い立ったんだ」
「えっ?」
「若様は、あんたみたいな外見が好みなんだろうって思ってさ。こっそりあんたを調べて、あんたに似せるために痩せて、まぶたを二重にして、髪型も変えた。お手打ち覚悟であんたの小細工まで真似て、わざと濡れて展示会に出席したんだよ。候補に選ばれるために」
塩紅くんが濡れて展示会に出たって、本当だったんだ。
その理由がオレの真似……だったなんて……。
でも、皇が見た目でオレを選んだっていうのは、違うと思う。
だって皇は、オレを謝らせるために選んだって、言ってたし。
しかもあの時オレ、化粧が落ちて、酷い顔だったし……。
「でも……そんな小細工も、全部無駄だったけどね」
「え?」
「若様は今年の展示会、どうでも良かったんだよ。そうだよね?若様」
「そんなわけない!」
だって皇は嫁候補について、占者様に釘を刺されてるし、いい加減な気持ちで選ばないって、言ってたもん。
隣の皇を見上げると、結んだ口が微かに震えていた。
え?
嫁候補は、いい加減な気持ちで選ばないんだよね?そうでしょう?
「あんた、今年の展示会にいなかったくせに何でわかるんだよ?若様は今年の展示会、品評が始まってすぐ、一番最初に並んでいた天戸井と、一番最後に並んでた俺を、顔すら見ずに指名して、さっさと会場を出て行ったんだぞ」
え……。
「今年の展示会しか知らなかったら、毎年そうなんだろうって思ったかもしれないけど……。あんたはそんな風に選ばれても、自分が若様に選ばれたんだって喜べるのかよ?」
喜べ、ない。
嘘だ。どうして?皇、本当にそんな風に選んだの?
隣の皇はずっと口を結んで、難しい顔をしたままだった。
「どうでもいい感じで選ばれても、選ばれればこっちのもんだって、あとはどうにでもしてみせるって、思ってた。見た目だけで選ばれちゃって、駄目候補なんて噂されてるあんたより、断然俺のほうが優秀だし。もしかしたらあんたは若様から呆れられて、酷い仕打ちを受けてるかもしれないって、最初はあんたのこと、心配したりもしてたんだ」
そのあと塩紅くんは、本当に悔しそうに唇を噛んだ。
「だけど!あんたは酷い仕打ちどころか、大事にされてた。駒様やふっきーを優遇するならわかるよ。でも!どうしてこんな……候補の自覚すら持とうとしないヤツを大事にしてんだよ!」
オレを指差しながら、塩紅くんは皇を睨みつけた。
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