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夏休み〜理由〜④
「なんでこいつみたいなのを若様が大事にしてんのかわかんなかったけど、こいつの真似して、花見会で倒れたフリをした時、わかったんだ。若様は弱ってる人間に目を向けるんだーって」
塩紅くんは、今度はオレを見て『倒れたフリをした時、初めて若様、オレのこと見てくれたからね』と、顔をしかめた。
「あんた、それがわかってて、ことあるごとに弱いフリしてたんだろ?行事たび倒れたり、本当は泳げるのに、水泳のテストにわざと落ちたり……あんたは候補としての努力もせずに、小細工して若様の気を引いてきたんだろ!」
「そんな!」
オレは小細工なんて一つもしてない!
全部、塩紅くんの思い込みじゃないか!
「そんなあんたのことなんて、この際どうでもいいんだよ。だけど、こんなヤツの小細工も見抜けない若様に、無性に腹が立ったんだ。俺は鎧鏡家の役に立てないかもしれないって……本気でずっと悩んできたのに……それが……こんな、人を見る目がない若様のためだったのかよって……」
塩紅くんは、ほんの少し声を詰まらせた。
「俺は!鎧鏡家の役に立つ医者になるために、小さい頃から努力してきたんだ!そんな俺のことは見もしないで……こんな……小細工ばっかで若様の気を引こうとするヤツにコロッと騙されて!俺がどれだけ惨めな気持ちになったと思う?あんたらを会わせないために作ってもらった規則を、若様がこんなヤツのために平然と破って、合宿所までこっそり会いに来てるのを知った時!」
「あ……」
やっぱり塩紅くん、知ってたんだ。
「オレが早く合宿所から出て行けばいいのにって、二人で俺のこと笑ってたんだろ?」
「え?」
「二人で会ってることを俺にわからせるために、わざと部屋に匂いを残してたんだろ?……あんたの腕についたキスマークも、わざと俺に見せつけたんだろ?指一本触れてもらえない俺を悔しがらせて、二人で笑ってたんだろ?!」
「えっ?!」
指一本……触れて、ない?
咄嗟に皇を見ると、皇はふいっと視線を床に落とした。
どういう、こと?
「俺が若様からダイヤモンドを土産にするのを拒否されたって噂も、自分だけダイヤを貰えたって自慢したくて、どうせあんたが流したんだろ?!」
「そんなっ!」
「あんたは……ばっつんは……何でも持ってるじゃないか!どうしてまだ欲しがるんだよ!俺にはっ!医者になれない俺にはっ!……鎧鏡家の奥方様になるしか……他に方法がないのにっ!」
「雪佳……」
それまで黙っていた塩紅くんのお父さんが、椅子から立ち上がった。
「俺じゃ……父さんの期待に応えられない!鎧鏡家の役に立って……父さんを、喜ばせて、あげられなぃ」
目を真っ赤にしながら、塩紅くんは最後の言葉を、絞り出すように呟いた。
塩紅くんが言ってることは、全部塩紅くんの勝手な思い込みだって文句を言おうと思ったけど……塩紅くんが絞り出した言葉を聞いて、何も言えなくなってしまった。
皇に一番最初に無理矢理されたあと、誰かのせいにして、現実から逃げようとしてた自分と、塩紅くんが重なったんだ。
オレは、皇に嫌われたのかもしれないと思うのが怖くて、必死で逃げ道を探そうと、色んな人のせいにしようとしてた。
塩紅くんは、お父さんに嫌われるのが怖くて、オレや皇のせいにしてたんじゃないかって……。
「ゆきちゃん……そんな風に思ってたんだ」
母様が、塩紅くんの頭に触れながら『辛かったね』と、呟いた途端、塩紅くんは、声を上げて泣きじゃくった。
「塩紅部長。ゆきちゃんが、どうしてあんなことをしたのか……今の言葉でわかりましたよね?」
「……はい」
「あとは親子の問題だ」
母様はそう言って、オレと皇の背中を、同時にポンッと叩いた。
「……はい」
皇は、塩紅くんに会ったら、聞かなくてもいいことを聞くかもしれないって言ってた。
だけどオレは、何もかも今、聞けて良かったと思えていた。
「塩紅くん、オレ……皇がオレを候補に選んだのは、間違いじゃなかったって、家臣さんたちに認めてもらえるように……今から、頑張る。……教えてくれて、ありがとう」
過去はもう、どれだけ悔いても変えられない。
でも、ここから先なら、変えられる。
オレ……今から先に、進むから。頑張りたい理由が、また一つ見つかったから。
「……晴れ」
皇は、項垂れる塩紅くんに呼び掛けた。
「そちが医者の道を望むなら、苦手な血を克服出来るよう、専門家を遣わす」
皇の言葉に、布団に顔を埋めている塩紅くんが、肩をびくりと震わせた。
「余が……そちを苦しめたのは、紛れもない事実。……すまぬ。言い訳も、許せとも言えぬ。だが、どうか……次会う時まで……息災でいて欲しい」
皇と一緒に塩紅くんに会いに来た自分を、考えなしって責めそうだったけど……皇も一緒に会えて良かった。
塩紅くんが、小さく鼻をすする音を聞きながら、そう思った。
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