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夏休み〜理由〜⑤
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「結局、ゆきちゃんが本当に認めてもらいたかった人は、千代じゃなくて塩紅部長……ってことだったんだろうね。私も親として胸が痛いよ」
塩紅くんの家の玄関を抜けると、母様はそう言って、はぁっと息を吐いた。
「ゆきちゃんが父親思いの子じゃなかったら、あんなことにはなっていなかったかもしれない」
塩紅くん自身すら、そんな理由にずっと気付いてなかったんじゃないかと思う。
「あとは親子の問題だ。千代も青葉も、自分のせいにしないで、二人に任せてあげよう。ね?これでゆきちゃんも、きっと前に進めるよ」
母様は『ありがとね、青葉』と、オレの頭を撫でた。
母様は、誰一人責めるようなことを言わなかった。
お礼を言うのは、オレのほうだ。
「オレのほうこそ、本当にありがとうございました」
「うん。さて……青葉はこれで、誰かさんと並べるのかな?」
「あ?並ぶ?どういうことだ?」
母様の言葉に、オレより先に皇が反応した。
母様!何か、ややこしい言い方じゃないですか?それ!
オレを睨みつける皇を前にワタワタしていると、母様はさらににっこり笑った。
「私はここから病院に向かうから、二人で気を付けて帰るんだよ」
にこやかな母様は、どこからか現れた車に乗り込んで、手を振りながら去ってしまった。
母様あああああ!
「……乗れ!」
不機嫌な皇に腕を掴まれて、車に押し込められると、車はすぐに動き出した。
「雨花」
不機嫌だと思った皇は、車に乗り込んですぐ、オレの手を取った。
「余は……そなたを候補にしたことを、悔やんだことなど一度もない」
オレが、塩紅くんの言ってたこと、気にしてると思ってる?だから皇、そんなこと……。
「それは……前にも聞いたし……わかってる」
でも、皇がそう思ってくれてるだけじゃ駄目なのも、今回のことでよくわかった。
皇は、鎧鏡家の若殿様なんだ。
皇の隣にいたいと望むなら、鎧鏡家の家臣さんたちに認めてもらえる候補でなくちゃ駄目なんだ。
塩紅くんに言われた通り、オレにはその自覚がなかったと思う。
オレ、ホントにここから頑張るから。
そう思えたから……大丈夫。
だけど、そっちより……。
「それより、今年の展示会……塩紅くんが言ってたこと、ホント?」
顔も見ずに候補を決めたって……。
「……真だ」
「皇、候補はいい加減な気持ちで選ばないって、言ってたよね?」
もし今年、塩紅くんが言ってたみたいな、顔も見ずに決めたなんて、そんないい加減な気持ちで選んだなら、去年オレを選んだのも、誰でも良かったんじゃ……って、怖くなる。
「……」
「いい加減な気持ちで選ばないって、嘘、だったんだ?」
「そなたにそのような嘘は言わぬ!」
「でも、顔も見ないで決めたなんて……」
皇は、オレの言葉を遮るように、オレの手首を強く掴んだ。
「今は!……そなたにも、何も言えぬ。だが……以前そなたに言うたことに偽りはない」
「……」
「青葉……」
皇は、縋るようにオレを呼んだ。
「……わかった」
オレの手首を掴む皇の手を、空いている手でふわりと包んだ。
皇にどんな理由があって、今年の展示会でそんな選び方をしたのかはわからない。
だけど……いいよ。もう、いいよ。
掴まれた手首が、痛いくらいなんだ。
こんな必死にオレを掴んでくれてるその気持ちだけで……泣きそうだよ。
「いずれ必ず、全て話す。必ず……」
「うん。……待ってる」
オレの手首を離した皇は、オレをきつく抱きしめた。
皇……。
「晴れのことは、悪いようにはせぬ。余が必ず何とか致すゆえ、もう案ずるでない」
「……うん」
お前のこと、信じてる。
「それで、そなた……」
耳元で囁く皇の声は、さっきの縋るような声とは打って変わって、怒気を含んでいた。
「え?」
「誰とどこに並ぶのだ」
やっぱり、さっきの母様の話で怒ってたんだ。
っていうか、何それ?どこかに誰かと並びに行くとでも思ってんの?
ホント皇って、どんな思考回路してんだか……。
「お前だよ」
「あ?」
「お前、言ってたじゃん。もう悔いるのも惑うのもお終いにして、先に進むって……」
「それがどう致した?」
「オレ、お前と並んでいたくて……一緒に、進みたいって、思ったんだ。でも、どうしたらいいのかわかんなくて……。だってオレ……前と全然変わらない生活を送ってるだけで……なのに、お前はどんどん先に進んでて……オレ、置いて行かれちゃいそうな気がしてて……」
そう言って、隣に座る皇をちらりと横目で見ると、皇は目を丸くして、オレを見ていた。
「……何驚いてんだよ?」
皇は『うつけが!』と、顔をしかめると、またオレを思い切り抱きしめた。
「余は……そなたに追いつくため、先に進むと決めたというに……」
「え?」
何、それ?
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