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楽しい2学期はーじまーるよー⑤
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「うううううっ!」
「何か難しい問題なんですか?雨花様」
屋敷に戻って着替えを終え、高遠先生の授業を受ける準備をしながら唸っていると、これからの予定を聞きに来てくれたいちいさんに、そう声を掛けられた。
「あの……いちいさん?」
「はい」
「皇と、連絡取れるでしょうか?」
藍田のこと、生徒会役員選挙の詳細が開示される前に、皇に言っておいたほうがいいよなぁ。
もう!藍田め!こっちの都合も考えずに生徒会に入って来るとは!
「駒様に伺ってみますのでしばらくお待ちください。若様へのご用件は、どのような?」
「あ、の……生徒会のことで……ちょっと、報告があって……出来ればその……急いで言っておいたほうがいいかなって……」
「かしこまりました」
いちいさんは部屋を出ると、そんなに経たずに戻って来た。
「あとで若様のほうから、連絡を入れてくださるそうです」
そう言ったいちいさんが部屋を出てしばらくすると、オレの携帯電話が鳴った。
非通知と表示されている。
……皇、かな?
ちょっとビクビクしながら電話に出た。
『何の用だ?』
およそ電話を掛けてきた人間の第一声とは思えない皇の声が、電話の向こうから聞こえた。
「皇?」
『どう致した』
「あのさ、新しい生徒会役員の顔合わせを、今日、したんだけど……」
『ああ』
「あの……新しい会計が……藍田、だった、ん、だけど……でもっ!オレだって知らなかったんだからね!ついさっき紹介されて、オレだってビックリしてて……」
皇は、オレの話の途中で『わかった』と言って、ブツリと電話を切った。
「えっ?皇?」
電話はそれ以上、何の音もしてこない。
「なん……だよっ!あれっ!」
何だよっ!あいつ、電話のマナー、ホントなってない!
わかったって、何がだよ!あんな風に突然切られたら、怒ってんのかって思……。
「……」
え……怒ったの、かな?
だって……藍田のことはオレだって知らなかったのに。
だって仕方ないじゃん!……オレにはどうにも出来ないじゃん!
「……バカ。……おこりんぼ」
すでに待受画面になってしまった携帯電話をいつまでも握りしめていると、部屋のドアが急に勢いよく開いた。
「えっ?!」
開いたドアから、携帯電話を握りしめている皇が部屋にズカズカ入ってきた。
「どう致した?おかしな顔をしおって」
部屋に入って来るなり、皇はオレの頬を両手で挟んだ。
「……何だよっ!バカっ!」
「あ?」
皇のこと、また怒らせちゃったかと思って、すっごい心配したのに!何でここにいるんだよ!
「お前がいきなり電話……切るから……怒ってんのかって思って……」
「ああ、梓の丸に着いたゆえ一旦電話を切ったのだ」
「信じらんない!」
電話でそう言え!バカ!
皇の胸に顔を埋めると『何だ?まだ言い訳がしたかったのか?いくらでも聞いてやる。早う申せ』と、オレを抱きしめた。
「そうじゃなくて!……怒ってないの?藍田のこと」
「そなたが衣織にうつつを抜かすことはないのであろう?」
「ないよ!」
「それで良い。そなたを信じておる」
皇を見上げたオレに、皇は軽くキスをした。
「……わざわざ、来てくれたの?」
「そなたが連絡を寄越したと駒より聞いたゆえ、何があったのかと急いで馬を走らせた」
「は?」
馬を走らせながら、携帯で話してたってこと?嘘?!
……と、思ったけど。皇の流鏑馬姿を思い出して納得した。
馬を走らせながら弓が引けるくらいなんだから、携帯で話すくらい普通にするよね。
「用件はそれだけか?」
「え……あ、うん。あ……ごめん。……忙しかった?」
「怒ったかと思えば今度は謝るのか。相変わらず忙しいな、そなたは」
「……」
「……雨花」
二人で見つめ合って黙り込むと『あの、よろしいでしょうか』と、控えめな声が聞こえて来た。
へっ?!
声のほうを向くと、ドアの外から、いちいさんが満面の笑みでこちらを見ていた。
ドアーーっ?!全開ーーっ?!
皇がさっき勢いよく入ってきて、ドアが全開のままだったんだ!
そんなの気付かずにオレ……皇に、なんか……甘えてたっていうか……っつかこいつ、さっき普通にキスしたじゃああんっ!
えっ!?いちいさんに、見られた?!
うおおお!恥ずっ!
「どう致した?」
こいつはまた、どうしていつもこう冷静なわけ?!羞恥心はないのか!羞恥心はー!オレ一人で恥ずかしがってることが恥ずかしくなるじゃんか!
「申し訳ございません。駒様がお見えです」
「あ!またお前、駒様に言わないで……」
「いえ。駒様は雨花様にご用事とのことです」
「へ?!オレ?……ですか?」
オレに用事があるという駒様がいる応接室に、何故かついてきた皇と急いで向かうと、駒様が背筋をピシッと伸ばして、ソファに座っていた。
「お待たせ致しました」
「いえ、そこまで待ってはおりません。本日は、雨花様宛ての通達を持って参りました」
駒様は皇がいることには一切触れずに、一通の封筒を差し出した。
「通達?ですか?」
"通達"には、いやな思い出しかないような……。
今度はいったい何の通達なんだろう。
神妙な面持ちで、駒様の前のソファに座った。
「ご通達申し上げます。雨花様におかれましては、11月開催のもみじ祭りでの舞手に任命されました」
「え?!」
もみじ祭りでの舞手?
オレ……勝手に、今年も新嘗祭の舞手になるもんだと思ってた。
去年見てもらえなかった新嘗祭の舞を、今年こそ皇の前で奉納出来ると思ってたのに……。
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