新嘗祭の舞は、年中行事の中で一番短い舞のため、舞デビューに丁度いいのだということ、今年の新嘗祭は、本当は塩紅くんが舞手だったこと、塩紅くんの代わりにふっきーが新嘗祭の舞手に決まったことなどを、駒様は一気に説明してくれた。 「新嘗祭の舞ならオレ、舞えますよ？」 新嘗祭の舞は、忘れてない。 ふっきーが新たに習って舞うより、舞ったことがあるオレが代わりに舞ったほうが良くない？ 「晴れ様の代わりにお詠様が舞うことは、衆団会議にて決定したことで、覆すことは出来ません。雨花様には、もみじ祭りの舞をしっかりと習得していただき、サクヤヒメ様に心を込めてご奉納くださいますよう、お願い申し上げます」 「あ……はい」 塩紅くんの代わりが、どうしてふっきーなんだろう？ 天戸井は９月の月見会で舞うことが決まってるらしいから、続けて１０月の新嘗祭で舞うことはないだろうし、オレも１１月開催のもみじ祭りで舞うから、選ばれないのもわかるけど……。 梅ちゃんなんか、母様と一緒に舞うくらい舞が上手らしいし、塩紅くんの代わりの舞手にうってつけなんじゃないの？ 「……」 大老様がふっきーをものすごーく気に入っているのは、なんちゃらオリンピックの祝賀会で、十分過ぎるほどわかったし、ふっきーが嫁になったらいいって思っている家臣さんが、きっと一番多いんだろうなっていうのも、わかってる。 だから……なの？だからふっきーが、選ばれたの？ 「若様、もう本丸にお戻りいただかねば、この先のスケジュールが遅れます」 駒様は、まだいたのか的に、皇にそう声を掛けた。 「わかっておる」 皇は『戻る』と言って、駒様と一緒に応接室を出た。 玄関まで見送りに行くと、颯爽と馬に乗った皇が『ではな』と言って、走り去った。 いちいちカッコイイんだよ……。 舞のことはとりあえず置いておいて、とにかく藍田が会計になったこと……皇が怒らないでいてくれて良かった。皇が怒ったところで、役員を交代させるなんてことは出来ないし。 皇……オレのこと信じてるって、言ってくれたし。 ……嬉しい。 「雨花様、高遠先生がそろそろお見えですよ」 「あ、はい！」 うん。オレはもみじ祭りの舞を頑張ろう！ 良し！とにかく今は、勉強！勉強！ 翌日、新しい生徒会役員候補が、全校生徒に向けて発表された。 信任投票を終えてから正式な役員になるんだけど、落ちることはまずないから、候補って言っても、このメンバーで決まりだろうけどね。 会計の仕事は、新学期早々からガッツリ始まる。 すでに振り込んである二学期分の部費の領収書の配布を、今日中に終わらせておきたい。サインをもらってまた回収するのって、案外時間がかかるんだよね。 オレは、昼休みになってすぐ、領収書を抱えて藍田のクラスに急いだ。 まだ正式な会計じゃないとはいえ、部費の領収書配布作業は、今、藍田に教えておかないと、もう教える機会がない。 「藍田、いるかな？」 １年Ａ組のドア付近にいた子に声を掛けると、オレを見るなり、転げ落ちそうな勢いで椅子から立ち上がった。 「柴牧先輩っ！あっ……藍田！柴牧先輩！」 その子が声を掛けた教室の奥を覗くと、藍田が嬉しそうな顔でこちらに走って来た。 体がデカくなっても、ホント藍田は藍田だなぁ。 飛びつきそうな勢いでオレのところまでやって来た藍田を、飛びつかれる前に手で制した。 「雨花から僕に会いに来てくれた」 ポソリと呟いて、藍田は『嬉しい』と、オレの手を取った。 「……仕事だ。ついて来い」 一学期まではポメラニアンみたいだった藍田は、今では耳を立たせていないドーベルマンみたいだ。 オレは藍田の手を振りほどいて、二年の教室に向かった。 夏休み前に、大体の三年生は部活を引退している。ってことで、今現在、各部の部長はほぼ二年生だ。 各部の部長に領収書を渡す前に、文化部と運動部の”総括”に会わないといけない。 部活の”総括”っていうのは、部活の全てを把握しておかないといけないらしく、部費についても、部長連中よりも先に、払い込みの報告をしておく必要があるからだ。 そう藍田に説明しながら、二年の廊下を歩いていると、Ａ組の前で友達と話す『運動部総括』の梅ちゃんが見えた。 「あ！」 『梅ちゃん』と、声を掛けそうになって、飲み込んだ。 どうして『梅ちゃん』って呼ぶのか……なんて、誰かに質問されたら、返事に困る。 え？じゃあなんて呼びかけたらいいんだろ？ 「あれ？雨花ちゃん！」 オレが気を遣ったっていうのに、梅ちゃんは躊躇いなく、オレを『雨花』呼びした。おーい！ 「二学期の部費、振り込んだからね？これ部費一覧と、陸上部の部費の領収書。振り込み金額確認したらサインしてオレにちょうだいね」 「うん、わかった！」 梅ちゃんは書類を受け取ると、オレの後ろを覗き込んで、藍田に『嫁探し順調？』と、笑いかけた。 「へ？」 梅ちゃん、藍田のこと知ってたんだ？