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みたらし団子も好きになったようです②
昼休みのチャイムが鳴ると、いつものように皇は、すぐにオレのロッカーからお弁当を取り出して、ふいっと顔を廊下に向けた。
『ついて来い』っていうジェスチャーだろう。
オレも何も言わずに、廊下に出た皇の後ろについて行った。
「見せたいものって何?」
生徒会室棟のエレベーター前で追いついた皇を見上げると、皇は『すぐわかる』と、ちょうど扉を開けたエレベーターにオレを押し入れた。
零号温室に行くのかな?
見せたいものって、零号温室にあるのかな?
皇の指が、屋上階のボタンを押した。
「雨花」
「ん?」
「何かあったか?」
「え?」
「そなた……朝からおかしな顔をしておる」
朝の藍田とのやり取りで、若干気が滅入っている。
皇、気付いてくれてたんだ。
「皇ってさ」
「ん?」
「候補以外の誰かに、告白されたこととか、ある?」
「あ?」
皇だったら、藍田みたいに言い寄られた時どうするんだろう?
「あ……やっぱり何でもない」
皇にそんなことを聞いて、藍田の話になったら、塩紅くんのことを気にしてるって話も、つい言ってしまう気がする。
皇に塩紅くんのことを気にしてるなんてことは……やっぱり言いづらい。
皇がいつか必ずオレに全部話すって言ってくれたのに、オレから塩紅くんの話を振るとか、出来ないし。
あれから、皇と一度も塩紅くんの話をしていない。
だけど、塩紅くんがあの日話していたことは、気になることばかりだ。
この前の展示会で皇が、塩紅くんと天戸井を顔も見ずに選んだってこととか……塩紅くんには指一本触れてなかったって、こと、とか……。
指一本触れてないって……塩紅くんとは、一回もヤッてないって、こと?……信じられない。
『鎧鏡当主は嫁を心身共に満足させなければならない』とか、言ってたし、体の相性は実際ヤッてみないとわからないとか、言ってたし。
それって、候補との夜伽は、次期当主としてしなきゃいけないって思ってるってことでしょ?
鎧鏡の次期当主として、やらなきゃいけないことを、この皇がしないなんて、あるわけない。
そもそもこいつ……いやらしいこととか全然興味ありません!みたいな涼しい顔してるけど……ものっすごい……ヤラシイし!
最近はそうでもないけど、まだキスしかしてなかった頃なんか、学校でもどこでも、隙あらばキス……して、きたし……。
そのあとだって、キスすりゃあ、ち……くび……いじってきたり、とか……。
塩紅くんに指一本触れてないなんて、オレの聞き違いだったのかな?
そう思うと、そうだったかもしれないって思えてくる。
ついこの前の話だっていうのに、塩紅くんの家に行ったのが、ものすごく昔のことみたいだ。
「ない」
「は?」
「告白なぞされた覚えはない」
「あっそ」
改めて皇を見上げると……確かにこいつに面と向かって告白するなんて、相当勇気のいることだと思う。
人間離れした整った外見に、何を考えているのかわからない表情の変わらない顔。
頭はいいわ運動神経はいいわで、学校にいるだけじゃ多分、こいつの弱点なんて見つけられる人間はそうそういないと思う。
そんな弱点のない人間に『好き』なんて言えるツワモノ、なかなかいないでしょ?
「真、そのようなことはない。案ずるな」
皇は鼻で笑って、オレの頭をポンポンっと撫でた。
普段変わらない皇の表情が、こんな風に目の前でふっと崩れるのは、ものすごく……嬉しいことで……。
そんな顔、他の人には見せないで欲しい。
っていうか、皇、何か勘違いしてるようだけど……オレは別にお前が誰かに告白されたんじゃないかなんていう心配をしてるわけじゃないんだけど……。
「……ん」
反論すると面倒なことになりそうなので、そのまま受け流した。
「それより、オレに見せたいものって零号温室にあるの?」
「ああ、そうだ」
何だろう?温室に?……サボテンの花が咲いたよー……とか?
いやいや、お館様ならありえるけど、皇はそういうキャラじゃない。
何だろうと考えているうちに、エレベーターは屋上に着いた。
「目を閉じよ」
「え?」
「早う」
目をつぶると、皇がオレの手を引いた。
和室を貰った時みたいだ。
「ふふっ」
「ん?」
「和室を貰った時みたいだなーって。温室が和室になってるとかじゃないよね?」
「近いな」
「近いの?!」
「目を閉じておれ」
「あ……だってビックリしたんだもん」
驚いて開けてしまった目を閉じると、皇がふっと笑った。
和室に近いって何?
「段差がある。足に気をつけよ。弁当を持っておらねば、そなたを抱えて運ぶのだが……」
「……」
お前にお弁当を持たせたままで良かった。
「目を開けて良いぞ」
少し歩いたところで、皇はそう言ってオレの手をキュッと握った。
「……う……えっ?!」
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