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みたらし団子も好きになったようです⑥
天戸井以外の候補は、月見会が終わると、すぐに屋敷に戻るよう駒様から指示された。
練り歩きがなくたって、行事が終わったあとにのんびり残っていることなんてないのに、今日はとにかく早く帰れと追い立てられるように、月見会の会場から車に乗せられ、屋敷に戻らされた。
屋敷に戻ってしばらくすると、賑やかな音楽が聴こえてきた。
天戸井の練り歩きが始まったようだ。
あげはが、天戸井の練り歩きが見たいと言うので、オレはいちいさんに許可を得て、屋敷の最上階から、こちらの姿を見られないようにこっそりと、側仕えさんたちと一緒に練り歩きの様子を見ることにした。
「あっ!来たっ!」
提灯の明かりだけでも、梅ちゃんが住む樺の丸方面から、天戸井がやって来たのがわかった。
見物をしている家臣さんたちが、波のように大きく動いていたからだ。
どうやら天戸井が動くたびに、周りにいる家臣さんたちが、天戸井を取り囲むように動いているらしい。
去年の新嘗祭でオレが練り歩きをした時、周りにいた家臣さんたちは、あんなにアクティブじゃなかった、よね?
「何か、撒いていらっしゃるようですね」
隣で双眼鏡を覗いていたやつみさんが、ポツリとつぶやいた。
まいてる?
巻いてる?
……何を?え?
「楽様が撒かれた何かを、家臣たちが拾っているようです」
「え?」
まいてるって……何か放ってるってこと?え?何を?
目を凝らして見ても、屋敷の最上階からじゃあ、下の人たちの細かい様子なんて見えるわけない。
「こんな日に撒くといったら、おひねり……でしょうか?」
さんみさんが首を傾げながらそう言った。
「えっ?!おひねり?ボク、拾ってきていいですか?!」
あげはが出て行こうとすると『危険です。いけません!』と、いちいさんがあげはを止めた。
「大丈夫ですよ!」
「いいえ。子供が一人でフラフラしていい時間ではありませんよ」
時計を見ると、もう九時を過ぎていた。
「……はぁーい」
あげはは、大人しくまたオレの隣に座った。
「あの……いちいさん?」
「はい」
「オレの時は、おひねりとか……してない、ですよね?しなくて良かったんですか?」
オレ、練り歩きについては何にも知らなくて……天戸井みたいに、みんなに楽しんでもらおうなんて考えは全然なかった。
それどころか、オレ自身がみんなに楽しませてもらうばっかりで……。
「練り歩きでおひねりを撒くなど、今まで聞いたことがありません。ここからでは、実際何を撒かれていらっしゃるのか確認が取れませんので、あとで誰かに聞いて参りましょう」
「あ……いえ。わざわざそんな……」
「私も気になりますので……個人的な興味として、です」
「あ……はい。すいません」
「いえ。それにしても……雨花様の時とは、違った賑わいですね」
そこに、ふたみさんと賄い方の人たちが、みたらし団子が山盛り盛られている大きな皿を何皿も運んで入って来た。
「えっ?どうしたんですか?それ」
「楽様からいただいた内祝いでございます」
「うわぁ……月見会らしい内祝いですね」
「みなでいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。いいですね。中秋の名月を見ながらお団子なんて」
「雨花様、中秋の名月は実際は明後日なんですよ」
オレが団子に手を伸ばすと、脇から五位さんがそう教えてくれた。
「えっ?そうなんですか?月見会は、中秋の名月の魔物除けって聞いていたので、てっきり今日が中秋の名月だと思ってました」
「行事は基本的にみなが集まりやすいだろう土日が多いですからね。そちらを優先したのでしょう」
「ホントだ!よく見たら、お月様真ん丸じゃないですね」
すでにお団子を頬張ったあげはが、モゴモゴしながら月を眺めていた。
「あげは、口に物を入れながらお話してはいけませんよ」
ふたみさんが眉を寄せると、あげはは『はぁい』と、口を尖らせた。
「このお団子、すごい美味しいですね」
今まで食べたどのみたらし団子より美味しい!
……うーん。こんな美味しい物をみんなに振舞えるヤツが、嫌がらせとか、する?
オレの中で、天戸井を疑う気持ちが、ちょっと揺らいだ。
「……」
今までの天戸井を思い出すと、やっぱりいけすかない記憶ばっかりだけど……。
そう思いながらまた下を覗いていると、やつみさんが双眼鏡を貸してくれた。
双眼鏡で下を覗くと、無表情の皇の隣で、ニコニコしっぱなしの天戸井が、何かをブワッと撒いているのがよく見えた。
天戸井は後ろについている杉の一位さんが持つ籠の中から何かを掴むと、大きく袖を揺らして、周りの家臣さんたちにそれを撒いている。
「……楽しそう」
オレには、天戸井を中心に、天戸井の周り全てが、ものすごく楽しそうに見えた。
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