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みたらし団子も好きになったようです⑦

よく見れば、何かを撒いていることの他にも、天戸井の練り歩きは、オレの時とは全く違う。 後ろについている使用人さんたちの数が少ないし、何よりものすごく賑わっている。 天戸井が前に進むたび、人の波が天戸井を取り囲んで、歓声を上げているのが聞こえてくる。 オレの時は、周りの家臣さんたちと、あんなに近付けなかったし……。 違う人の練り歩きを見るのは初めてだ。 ほんの少し羨ましいと思う気持ちを抱きながら、賑わい続ける天戸井の練り歩きを、皇の後頭部が見えなくなるまで見送った。 翌朝、オレを起こしに来てくれたいちいさんが、夕べ天戸井が撒いていたのは、やはりおひねりだったと教えてくれた。 どうやら天戸井が撒いたおひねりには、硬貨が入っている包みの他に、1000円札や5000円札が入っている包みもあったらしく、その話をどこからか聞いてきたあげはが『やっぱり取りに行けば良かったです』と、口を尖らせた。 相変わらず情報収集が早いなぁ、あげは。 「それ以外にも、希望した人全員に、あのみたらし団子を配ったみたいですよ」 「ああ、あのみたらし団子、本当に美味しかったよね」 「明日の中秋の名月には、杉の丸のみたらし団子に負けないくらい美味しい団子を、私が練りましょう」 ご飯を運びながら、ふたみさんがオレに向かってニッコリ笑っ……いや……目が笑ってない! ふたみさん、食べ物に関しては負けず嫌いなのかもしれない。 「楽しみにしてます!」 中秋の名月だという今日、会計室で藍田と一緒にお昼ご飯を食べながら引継ぎをしていると、ポケットの携帯電話が震え出した。 見ると、いちいさんからメールが入っている。 『本日、若様がお渡りになるとの連絡をいただきました。どうぞ雨花様、本日はお早めにお帰りくださいますよう、お願い申し上げます』 そう書かれている。 メールで渡りの連絡が入るなんて、珍しい。 今、渡るって連絡があったってこと?皇から?……でも、今日も皇のところには、休み時間たび天戸井が来てた。そんななのに、いつの間に渡りの連絡とかしたんだろう? 新しい候補に多めに渡れるようにと決められた規則は、塩紅くんが宿下がりしたあと廃止されたけど、基本的に渡りは、順番で行っているらしい。 おとといの夜は天戸井の舞デビューだったから、順番関係なく、皇は天戸井のところに渡っただろうけど、前にオレのところに渡った日を考えると……確かにそろそろオレのところに渡って来てもおかしくはない頃だ。 せっかく中秋の名月の日に、渡りの順番が回って来たんだし、皇が来たら一緒にお月見しようかな。 「雨花、気持ち悪いよ。ニヤニヤして。誰からメール?」 気付かぬうちに、後ろから藍田にひょいっと携帯電話を覗かれて、大きな声を上げてその場から飛び退いた。 「背後を取るな!」 「雨花がぼーっとしてたんじゃん。……すーちゃんから?」 「ちっ……違うよ。オレ、皇の連絡先、教えてもらってないし」 「へーそうなんだ?」 にっこりしながら藍田は、自分の携帯電話を取り出した。 藍田も携帯チェックか?と、思っていると、オレの携帯に藍田から、メッセージアプリでメッセージが入った。 藍田を睨むと、ニヤリと笑う。 メッセージを開くと『ニヤニヤしてないで早く引継ぎしてくださーい』と、書いてあった。 「口で言え」 「すーちゃんとは、こんなこと出来ないんだよね?」 そう言いながら、藍田はまたオレの携帯にメッセージを送ってきた。 『メールの相手、だれ?』と書かれている。 「口で言え」 そう言いながら、オレは携帯で藍田に『うちのいちいさん』と、返事を送った。 「ぷはっ!雨花、面白い!」 藍田はケラケラ笑いながら『雨花、大好き』と、メッセージを送ってきた。 「……」 「口で言えって言わないの?」 藍田は、オレの顔を覗き込んで『ほら。引継ぎしようよ』と、ニッコリ笑うと、携帯電話をポケットにしまった。 「……うん」 返事はつとめて明るくしたつもりだけど、そのあと小さくため息を吐いてしまったのを、藍田に聞かれたかもしれない。 藍田に対してのため息じゃないんだ。 オレ自身に対して、なんだよ。 藍田が聞いていたかもわからない小さなため息について言い訳するのもおかしいから、何もなかったように引継ぎを続けたけど……藍田の好意に対して、ハッキリと拒絶出来ない自分に苛立つ。 これじゃ、本多先輩の時と一緒じゃん。 曖昧な態度で、藍田を傷付けたくない。 でも……。 拒絶したってきっと……傷付ける。 今まで、向けられた好意を拒絶するのに、躊躇うことなんてなかったのに、好意を拒絶したあと、最悪の事態が起こる可能性があることを知った今、拒絶することも、怖くて躊躇ってしまうんだ。

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