藍田が会計ソフトに生徒会費の支出金額を打ち込んでいる間、何とはなしに、窓の外を見ていた。 夕べは、結構激しく雨が降っていたっけ。 今日も雲が多めで、どことなくすっきりしない空だ。 携帯の天気予報は、夜は晴れると書いてある。 皇と月見をするんだから、絶対晴れてもらいたい。 この窓からは、中庭がよく見える。 土の色を見る限り、夕べの雨はまだ、十分土を潤しているようだ。 今日のランチ当番は確か……天戸井、のはず。 天戸井は、皇とどこでお昼を食べてるんだろう。これくらい湿っているんじゃ、中庭のベンチはちょっと使いたくないよね。 でも……だからって、零号温室には……行かない、よね？ 一学期……零号温室には、オレ以外の人を入れた事はないって、皇、言ってた。 それって今も……継続中、なのかな？ ……そうであって欲しい。 でも、あんな風に大掛かりな改装をしたんだから、他の人にも、見せてる、かな……。 そんなことをボーっと考えていると、目の端に、人気のない中庭を一人で歩いているふっきーが映った。 胸に何冊か、本だかノートだかを抱えている。 歩いている方向から察するに、校舎別館に向かっているようだ。 別館には、先生たちの控室がズラリと並んでいる。 その別館に向かってるってことは、まだ大学の学部の希望が通っていなくて、先生に呼び出し……とか、かな？ 姿勢よく歩くふっきーの背中を見ていると、ふっきーの後ろから走って来た男が、突然ふっきーに思い切りぶつかった。 「あっ！」 え？……何？今の……わざと？何か、不自然に近付いたように見えたけど……。 ふっきーはぶつかられた衝撃で、脇の花壇に倒れ込んだ。 なのに、ぶつかった男はそのまま走り去って行った。 嘘っ？！ありえない！もしかして、あいつがふっきーの言ってた嫌がらせの犯人？！ オレは急いで会計室を出て、中庭まで一気に階段を駆け降りた。 「雨花！どうしたの！」 後ろから藍田が急いで追いかけて来るのはわかっていた。だけど今はお前への説明より、倒されたふっきーを助けるのが先だから！ 中庭に着くと、ふっきーは右半身ドロドロの姿で、花壇から立ち上がったところだった。 「ふっきー！」 「あ……雨花ちゃん」 ふっきーののんきな返事に、何故だか猛烈に怒りが込み上げた。 ふっきーにじゃなくて、ふっきーにぶつかってきたあの男に対してだ。 「おいで」 オレはふっきーの手を引いて、生徒会室棟専用エレベーターに乗り込んだ。 エレベーターのドアが閉まる寸前、藍田が一緒に乗ってきた。 「詠、どうしたの？それ？」 ドロドロのふっきーを見て、藍田は目を丸くした。 「花壇に倒れちゃって……」 「倒された……だろ？」 「あれ？見てた？」 「ふっきーが前に、話してたやつ？」 「んー？……多分ね」 あれが嫌がらせじゃないわけない。 間違ってぶつかってしまったなら、倒れたふっきーに手を差し伸べるはずだ。 紳士たれって教えを受けている神猛の生徒なら、なおさらそうするはず。 それをしないで走り去ったのは、故意に倒したからとしか思えない。 「とりあえず、生徒会室棟のシャワーを使いなよ。あそこなら他の人に見られることないから」 「ありがと」 ふっきーが抱えているのは、何冊かのクリアファイルだった。それもドロドロになっている。 「何かの資料？中身、大丈夫？」 そう言って、ふっきーが抱えるクリアファイルを指すと、ふっきーは『ああ……先生に提出する書類なんだけど……何とか無事かな』と、泥だらけの指でペラペラと中身を確認した。 その指を見て、また無性に腹が立った。 オレの中でふっきーは、候補同士でライバルだけど……やっぱりすごく、大事な人なんだ。 ふっきーをこんな泥まみれにしやがって！ そんな怒りがふつふつと湧いていた。 自分で思ってた以上にオレは、ふっきーのことが好きだったらしい。 ふっきーに嫌がらせをしているやつが、どんな理由でこんなことをしているのかわからないけど、理由も言わずにまず暴力をふるうなんて、絶対に許せない！ だって、どんな理由があるっていうんだよ？ふっきーは人に恨まれるような人じゃないじゃん！絶対、そんな人じゃないよ。 嫌がらせをしてるやつは、何か絶対、誤解してるだけだと思う。 塩紅くんがあんなことをした理由だって、塩紅くんが勝手に思い込んでるだけじゃん！ってことが、たくさんあった。 ふっきーに嫌がらせをしているやつだって、絶対に何か誤解してるだけだと思うのに……。 さっきぶつかったヤツの後ろ姿は、どう見ても天戸井じゃなかった。 嫌がらせの犯人は、天戸井だと思っていたけど……そうじゃないってこと？ でも、犯人が誰であろうと、オレのしたいことはハッキリした。 「ふっきー、危ないから、これからはなるべく一緒にいよう！」 犯人探しのために、ふっきー自身が望んでわざとそうなっているとはいえ、ふっきーが嫌がらせを受けているのに、ただじっと遠巻きに見てるだけなんて、オレ、我慢出来ない。