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みたらし団子も好きになったようです⑨
ふっきーは心配要らないよって笑って、オレの提案をうやむやにしようとしているのがわかったけど、一旦伸ばした手を引っ込める気はない!
ふっきーが嫌がらせを受けているのに、黙って見ているだけの自分がイヤだから一緒にいさせて欲しいとごり押しして、ふっきーに何とか納得してもらった。
オレが一緒にいたら、犯人探しをしたいふっきーの邪魔になるかもしれない。
でも、天戸井が犯人じゃない可能性が高くなった今、オレにとっては犯人が誰かってことよりも、ふっきーが無事でいてくれることのほうが、ずっと大事だ。
ここまで口を挟まないでいてくれた藍田に、ふっきーは自分で、嫌がらせを受けているという話をしてくれた。
藍田への引継ぎは、昼休みと放課後だけで何とか乗り切ろう。
放課後少し長めに残れば、学祭までには引き継ぎも終わるはず。
もしそれでも終わらなきゃ、わからないことが出るたび、藍田に連絡してもらえばいい。
これからの引継ぎシミュレーションをしながら、ふっきーと一緒に教室に戻った。
その日の夕方、皇が来る前に行っておこうと思って出掛けたシロの散歩途中で、いちいさんから電話が入った。
皇はもう本丸を出て、うちの屋敷に向かっているという。
急いで屋敷に戻ったけど、着替える時間がなくて、ラフな部屋着のまま皇を迎えることになってしまった。
「このように汗をかいて……何をしておった?余が参るのを知らなかったわけでもあるまい?」
正座をしているオレの前髪をぺろりと人差指でめくった皇は、片眉を上げてオレを睨んだ。
「シロの散歩だよ。お前、何時に来るとか言ってくれないんだもん。まだ来ないと思ってて……。オレ、まだ夕飯食べてないんだけど」
「余もまだだ」
「はぁ?うち、お前の分まで夕飯の準備してあるかな?」
その時、ふわりとみたらし団子の香りが漂ってきた。
「あ!」
「ん?」
「今日、中秋の名月じゃん!」
「ああ。それがどう致した?」
「お月見しようよ」
「あ?」
「だってお月見って、本当は今日やるもんだろ?」
オレは皇を部屋に残したまま、いちいさんに、お月見をするので、最上階で夕飯を食べたいと伝えに行った。
皇も夕飯を食べていないと伝えると、側仕えさんたちが"厨 "と呼んでいる、いわゆる台所のほうからふたみさんが顔を出して『若様の分の夕餉は、今本丸から運ばれて参りました』と、笑った。
「今、本丸からいただいたお料理と、私共が用意させていただきましたものを合わせて、夕餉の準備を整えます。少々お時間いただけますでしょうか」
「はい。ありがとうございます!……あ!ふたみさん?」
「はい」
「みたらしのいい香りがしてましたね」
「あ……おわかりになられましたか?我ながら上手く作れたと思います。今、最上階にお月見のしつらえをさせておりますので、若様とご一緒に、団子もお楽しみいただけますと幸いでございます」
「うわぁ……ありがとうございます!いただきます!」
急いで部屋に戻って、何か言いたげな皇を連れて、長い階段を最上階まで昇った。
「あ……」
ふたみさんが言っていたお月見のしつらえは、すでに出来ていた。
窓のすぐ下に置かれているススキの穂が、夜風で微かに揺れている。
でも……その向こう側に、丸く見えるはずの月が見えない。
今日は昼から雲が厚くたちこめていたけど、さっきまで月はちょっと見えていたのに……何で今隠れちゃうんだよ。
「せっかくの中秋の名月なのに……」
そこに、ふたみさんたちが夕飯を持って来てくれた。
「ふたみさーん!せっかくしつらえていただいたのに、月が隠れてしまいました」
「ああ……本当ですね。つい先程までは見えていたのですが……」
オレが残念がっている間に、ふたみさんたちは夕飯を並べて『そのうちまた月も顔を出してくれるかもしれませんよ』と、最上階の部屋から出て行った。
「そう落胆するでない。それほどまでに月が見たかったか?」
「だって、中秋の名月だよ?一年に一回しか見られないんだよ?……特別じゃん」
「来年もまた昇るであろう」
「……」
そりゃ……中秋の名月は、来年だって再来年だって、いつかは見られるだろうよ。
でも……この先、中秋の名月の日に、皇と一緒にいられるかはわからないじゃん!
皇が一年に一回だけ見られる中秋の名月の日に、オレの隣にいるってことが特別なのに……。
「ん?」
「……何でもない」
自分でも、口が尖ってるってわかってる。
不貞腐れながら夕飯を食べ始めたオレに、皇は『余は月が隠れて安心しておる』と、言った。
「何で?!」
「月の魔物に、そなたの心を奪われぬで済むゆえ」
「……」
もーっ!何だよ、それ!
そんなこと言われたら……月が出なくてもいいやって思っちゃうじゃん!バカ!
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