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知る知る見知る①
9月10日 晴れ
今日は、生徒会役員選挙投票日です。
……と、いっても。信任投票なため、昼休みには、候補全員が無事役員に決まった。
改めて学祭までの引継ぎ期間よろしくねってことで、新旧生徒会役員全員、放課後、生徒会会議室に集まるようにと、田頭から招集命令が出た。
日直だからと遅れている藍田以外が揃った時、書記の”てんてん”が大きくため息を吐いた。
「はぁ……神猛生徒会選挙初、信任投票で落ちた人になったらどうしようかって、ドキドキしました」
てんてんは本当に安心したように、胸を撫で下ろした。
なんていうか……ほんっと可愛いんだよなぁ、てんてんって。
「てんてんが落ちるなら、誰も受からないよ」
そう言って笑うと、てんてんは『ありがとうございます』と、はにかんだ。
もー、ホント可愛いんだから。
二学期が始まってから、毎日顔を合わせて来た新役員とは、随分仲良くなったと思う。
……藍田も含めて。
「それ若干酷いっすよ、ばっつん先輩」
会長に決まった”きーち”が、肩をすくめた。
「あははっ。だってホントじゃん」
そう言って笑うと、サクラが『あのばっつんが、すっかりてんてんに骨抜きにされてる!』と、伊達メガネをくっと上げた。
あのばっつんって何だよ?
だってホント、てんてん可愛いんだもん。
思えば、転校ばっかりしてきたからか、後輩らしい後輩との絡みって初めてな気がする。
梅ちゃんも後輩だけど、学校ではそんな絡まないし。
藍田もまぁ生徒会に入る前から知ってるけど、"可愛い後輩との絡み"からは程遠い。
「てんてん、ホント可愛いじゃん。オレの周り、後輩らしい可愛い後輩って、てんてんくらいしかいないしさ」
「えー?一番可愛い後輩を忘れてるんじゃないの?ばっつん」
サクラが頬杖をつきながら、ニヤリと笑った。
「は?誰?」
「衣織」
「ああ……藍田は可愛いってキャラじゃ……」
「あ!ばっつん!」
オレの話の途中で、サクラはダンっと机を叩いて立ち上がった。
「何っ?」
びっくりしたぁ。
「おかしいだろうが!」
「は?」
何が?
「これ、誰?」
サクラは椅子から立ち上がって、きーちの肩を叩いた。
「は?きーち」
「じゃあ、これは?」
サクラは次に、きーちの隣に座っていた副会長の"るい”を指さした。
「るい?」
「これは!?」
サクラがてんてんの肩をガッと掴んだ。
「てんてん。……って、一体、何?」
サクラが何を言おうとしているのか、さっぱりわからないんですけど。
「じゃあ、今遅刻してここにいないヤツは?」
「藍……」
「ちがあああああう!」
「はぁ?」
サクラは鼻の穴を膨らませて、大声を張り上げた。
遅刻してる奴って、藍田だろ?
「きーち、るい、てんてん……と、きたら、そこは”衣織”じゃないの?」
「……は?」
「何で衣織だけ、藍田呼びなわけ?おかしいだろうが!」
「ああ……そういうこと?」
「ああ、そういうこと?……じゃないよ!これから本格的に学祭に向けて、新旧役員みんなで心を一つに!ってとこなのに、ばっつんが衣織を藍田呼びじゃ、一つになんかなれないよっ!」
「大袈裟か」
「大袈裟じゃないよ!何で衣織だけ堅苦しいわけ?意識?意識してんの?」
「はぁ?いや別にいいけど」
”衣織”って呼んだって全然いいけど……。
そこに、遅れていた藍田が入って来た。
「衣織だって、ばっつんに衣織って呼んで欲しいだろ?」
会議室に入って早々、そんな質問をされた藍田は『へ?』と、言って固まった。
「ばっつんに衣織って呼ばれたいよな?」
「え?……うん」
「ほらー!じゃあ、今日から……いや、今から衣織ね」
「はぁ?」
「い・お・り!SAY!」
相変わらず愉快なんすけど……サクラさん。
何が『SAY!』だよ。
サクラは、オレが『衣織』呼びするのを、耳に手を当てて待っている。
オレとしては別に、呼び方なんかどうでもいいしね。
「衣織」
そう言うと、”衣織”は真っ赤にした顔を両手で覆って、その場にしゃがみ込んでしまった。
「こんなんですけど?」
”衣織”を指差して、サクラに抗議すると『いやいやいやいや』と、”衣織”がオレの袖を握った。
「呼び方は、それがいい!……ん、だけど……ちょっと感動しちゃって……。もう大丈夫!慣れるから、もう一回呼んで」
「は?」
「い・お・り!SAY!」
サクラがまた、そんなちゃちゃを入れて来た。
「うるさいよ、サクラ」
サクラは、また耳に手を当てている。
「ぶはっ……はいはい、衣織ね、衣織」
ってことで。
この日から”藍田”は、”衣織”になった。
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