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知る知る見知る④
9月18日 くもり
今日は、オレのランチ当番の日です。
いつもと同じように、生徒会室棟の屋上に向かった。
「……」
オレのズボンのポケットに入っている携帯電話には、衣織から貰った白い犬のストラップがついている。
衣織がどれだけ頑張ってバイトをしていたのかは、あの姿を見ればすぐわかることで……。
それが、オレの誕生日プレゼントを買うためだったなんて聞いちゃったら、プレゼントを受け取らないとか、普通の神経なら出来ないでしょ?!
だけど……これを皇にどう説明したら……いや、悩む必要なんかないじゃん!
うん。やましいことはないんだし!そうそう。”皇も弟みたいに思ってる会計の後輩から誕生日プレゼントをもらった”……ってだけじゃん!
うん。それをそのまま皇に言えばいいんじゃないの?そうだよ、うんうん。
「どう致した?」
温室の中を流れる川のほとりを、ボーっとしながら皇について歩いていると、ふっと皇が振り返った。
大袈裟に『どわっ!』と驚くと、皇はもう一度『何かあったか』と、足を止めた。
「……あのさ」
「ん?」
「この前、さ」
「……ああ」
オレは携帯を取り出して、皇に見せた。
「これ……衣織にもらったんだ。誕生日プレゼントだって」
「……衣織?」
「うん。衣織が、誕生日プレゼントにって、このストラップ、くれて……」
ちらりと見た皇は、眉を顰めている。
やっぱり、衣織から誕生日プレゼントを受け取ったの……怒った?
「随分と親密になったものだな」
「だっ、てさ。衣織、夏休みにたくさんバイトして、これ、買ってくれたんだって。そんなの聞いて、受け取らないとかあり得ないだろ?」
「そうではない」
「……は?」
そうではないって……何?
「名を呼ぶようになったのだな」
「なおよぶように?………………あぁ!」
名を呼ぶように……ね?
親密にって、衣織って呼ぶようになったことか。
皇って、そういうの気にする人だったんだ?
オレは、サクラから衣織と呼ぶように言われたからそうするようにしたのだと、皇に説明した。
「呼び方なんか別に、何でも良くない?」
軽くそう言うと、皇は片眉を上げて『ほぅ』とオレを睨み下ろした。
「誠、そう思うか?柴牧」
「うっ……」
”柴牧”?!
みんながいる前では、皇はオレを柴牧って呼ぶけど、二人でいる時、そんな風に呼ばれたことはない。
オレは今の今まで、本当に呼び方なんか、どうでもいいと思ってた、けど……。
「どう致した?柴牧」
「……だって!……もう今更どうにもならないじゃん!」
皇に”柴牧”って呼ばれて、何ていうか……ショックだった。
呼び方一つでこんなにショックを受けるとか……。
でもだからって、衣織をまた藍田って呼び直すのはおかしいじゃん。
皇は小さく息を吐くと『旧家と呼ばれる家の人間は、真実の名を明かさぬ者も少なくない』と言いながら、オレの手を引いて歩き出した。
「え?」
何で今、その話?
「名を明かさぬ理由は数多 あろうが、余は、真の名のもとに下された命には抗うことが出来ぬゆえ、容易く名を許してはならぬと教えられた」
「……は?」
え?どゆこと?
「え?……あっ!”皇”って、本当の名前じゃないとか?」
言われてみれば、母様もお館様も、皇を『皇』って呼んでいるのを聞いたことがない。
もしや”千代”が、本当の名前?
皇は足を止めると『どう廻ればその答えに行き着くのだ。全くそなたの思考回路はようわからぬ』と、ため息を吐きながら、呆れたようにオレを見下ろした。
「余に他の名などない。”皇”という名は、大殿様がつけてくださった真の名だ」
「へー、大殿様が?……って……え?じゃ……は?どういうこと?名を許してはならないって……みんなお前の名前、知ってるじゃん」
「知ってはおるが、余を”皇”と呼ぶ者はおらぬ」
「……」
え……いや……オレ、むしろお前のこと、”皇”としか、呼んでませんけど?
え……オレ……また何か、知らずに大変なことを……やらかしてた、感じ……なんでしょうか?
「え……それって……みんなその……ホントの名前がなんちゃらって話を知ってるから……お前のこと、皇って呼んでないって、こと?」
皇は『さあな』と言って、ふっと鼻で笑った。
「だって……え?どういうこと?」
「ん?真の名のもとにくだされた命令には、逆らえないというだけだ」
「……」
皇が何を言っているのか、理解出来ない。衣織の話から、何でそんな話になってんの?
だってお前がオレに言ったんじゃん!どこでも皇って呼べって。
オレがぽやーっとしていると、皇は急にオレの手をグッと引いて、いきなりキスをした。
「ふぉっ!……なっ……」
何っ?!急に!
「余の話がわからぬのであろう?実践で教えてくれる」
また口端を上げた皇は、オレをソファに押し倒した。
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