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知る知る見知る⑥
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「返礼はしたか?」
服を着るオレの隣で、皇はオレの携帯電話を持ち上げてそう聞いてきた。
「え?」
「これの返礼だ」
携帯電話カバーに取り付けた白い犬のストラップを、皇はツンっと指で弾いた。
「え……ううん。お返しは絶対しないでって言われたから……」
「そうか。では余から何か返しておこう」
「え?」
ネクタイを締めようとした手を止めて皇を見ると、皇はオレの髪をサラリと撫でた。
「そなたは、余のもの」
皇が、髪を撫でながらオレの頭にキスをした。
「そなたが受けた厚意への返しは、余が致す」
何か……そういうの……何か……嬉しい。
「……ん」
「そなたに好意を抱く衣織からの贈物が、ここにあるのは面白くない。……が、そなたがこれを無下に扱うような人間であれば、余はそのほうが心苦しく思うであろう。……大事にしてやるが良い」
「……うん」
小さく返事をしたオレに、皇はふっとキスをして『衣織に何を返してやるか』と、呟いた。
「あー……何か、食べ物とかじゃ……おかしいかな?衣織、御目付役さんが付いてるんだって?その人の分まで食費を稼いでるって、言ってたから」
「ああ、そうか。では何か腹の足しになる物を返してやろう」
「うん。……皇?」
「ん?」
「……ありがと」
「あ?」
「これ……大事しろって言ってくれて」
皇から携帯電話を受け取ってストラップを揺らすと、皇は『手放しで許したわけではない』と、携帯電話を握るオレの手を掴んだ。
「え?」
「衣織にそれ以上何も許すでない」
掴まれた手をグッと引かれて、皇の胸に抱きしめられた。
「だが……そう言うたところで、そなたの自衛能力は皆無だ」
「はぁ?!」
自衛能力皆無ぅ?!
オレが反論しようとすると、耳元で皇がふっと笑った。
「それがそなたの良いところでもあろう。そなたは余のもの。余が……そなたを誰にも触れさせぬ」
「……ん」
恥ずかしくて、皇の胸に顔を埋めた。オレきっと……今……顔、真っ赤だ。
皇は、何度も『顔を見せよ』と言ってきたけど、恥ずかしくて顔を上げられるわけがない。
「顔を見せよ。……青葉」
”青葉”って呼ばれたことに驚いて、顔を上げた途端、キスされた。
これ……今までも何度かあったパターンじゃん。恥ずっ!
「どうだ?真の名のもとに下された命令には、抗えぬであろう?」
嬉しそうに笑う皇の顔にさらに照れて、オレはまたしばらく、皇の腕の中で顔を上げることが出来なかった。
オレをギュッと抱きしめた皇は、そのあとはもう、顔を上げるようにとは言わなかった。
真の名のもとに下された命令は絶対なんて嘘じゃん!って思ってたけど……あながち嘘でも、ない……かも。
皇が、オレを『青葉』と呼ぶ意味を知った今……さらにそれは、嘘じゃなくなっていくんだろうな……とか……思った。
皇に、衣織からストラップをもらったと話した翌日、朝から会計処理の引継ぎをするため会計室に入ると、先に来ていた衣織がオレを見るなり『雨花、言ったでしょ!』と、口を尖らせた。
「は?」
何を?朝イチで何を怒ってるんだ?こいつは。
「夕べ、うちのせまーいアパートに、すーちゃんから俵で米10俵届いたんだけど!」
「……へ?」
皇から、たわらでこめじゅっぴょう?
……俵で米10俵?!
「雨花に贈ったプレゼントのお返しだっつって!」
「……あぁ」
言ったでしょって……皇に誕生日プレゼントのことを言ったでしょ……ってことか。
確かに、衣織へのお返しは食べ物がいいんじゃないか、とは言ったけど……。
俵で米10俵って……どんだけだ?米俵自体見たことないからわかんないけど……。
「ストラップ一つで米10俵だよ?腹立つー!夕べ、米俵に占拠されて、寝る場所なかったんだから!」
「はぁ」
そんなこと言われても……。
「雨花へのプレゼントのお返しをすーちゃんが送ってくるとか!雨花、すーちゃんの嫁に決まったわけ?!」
「え?いや……」
「だったら!」
椅子から立ち上がって、オレに向かって来た衣織は、すぐに『うわっ!』と、顔をしかめて足を止めた。
へ?
よく見ると、衣織の目元に光が当たってる。
お?何?
光のもとをたどって外を見ると、反対側の校舎の屋上から、鏡か何かで、衣織の顔をめがけて、太陽光を反射させている人が見えた。
ここからじゃ顔までは見えないけど……あのガッシリしたシルエットって……誓様?
「ちっ……かまちょめ!」
え?かまちょ?え?あっちの屋上にいる人、誓様じゃなくて、かまちょさん?
「……頭、冷やしてくる」
衣織は会計室を出て行った。
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