388 / 584
知る知る見知る⑦
9月20日 晴れ
今日は、旧生徒会役員だけ、田頭に呼ばれて学校に来ることになった土曜日です。
11月に開催される学祭の実行委員長は、旧生徒会長である田頭だ。
今日はこの先のスケジュール確認と、新役員への引継ぎ状況の確認、学祭の予算の残額確認なんかをするため、三年役員だけが田頭から召集された。
かにちゃんとオレは、スカイプ参加も可能って言われたけど、そこまで参加を求めてるなら行くよってことで、学校まで行くことにした。
田頭から、午前中で終わるだろうからと言われていた打ち合わせは、昼近くなっても終わりそうになかった。
いつもこんな風にお昼を迎える時には、田頭家御用達のケータリングサービスが運び込まれるんだけど……。
今日はこんなにかかる予定ではなかったから頼んでいないと、田頭が言うが早いか、サクラが『あ!じゃあさ!』と、身を乗り出した。
サクラが何か閃いた時は、ろくなことがない。
何だよ?と思っていると『外に食べに行こうよ!』と、サクラらしからぬまともなことを言って、にっこり笑った。
しっかし……外にご飯を食べに行く?オレ……いいのかなぁ?
ちょっと心配になっていちいさんに電話をかけると、駒様からの承諾が取れたと、すぐに折り返し電話をしてくれた。
これで心置きなく外に出て行ける。
四人で昇降口に着いた時には、いつの間に呼んだのか、田頭のうちの車が車寄せに停まっていた。
車に乗り込んでから、サクラに向かう店は決まっているのか聞くと『もちろん!』と、ニヤリとした顔をこちらに向けた。
学校を出てすぐの、トウカエデの並木道しか歩いたことがないオレには、このあたりで知っている店はない。
でも、サクラはここらへん、結構知ってそうだもんなぁ。
車の外を流れていく見慣れた風景を、何とはなしに見ていると、そのうち車は右折して、オレが見たことのない狭い路地に入って行った。
「こんなところにお店があるんだ?」
「うん。カフェがね。もうすぐ着くよ」
こんな狭い路地の奥にあるカフェ?隠れ家的な店ってやつかな?
見慣れない風景をキョロキョロと見ていると、車はゆっくり停車した。
「はい。着いたよ」
『Bleu chenil』と書かれた木の看板が、店先に吊るされている。
小さな入り口の前には、大きなイーゼルに置かれた黒板に、いくつもメニューが書かれていた。
一人だったら、絶対入らないようなお店だな……とか思いながら、サクラの後ろについて店内に入ると、あの狭い路地と小さな入り口からは想像出来ないくらい、奥行きがあって広々としていた。店の奥には、テラス席も見える。
うわぁ……パリのカフェを思い出すなぁと思っていると『いらっしゃいませ』と、聞いたことのある声が耳に入ってきた。
咄嗟に振り返ると、グレーのワイシャツに黒いネクタイ、その上に黒いエプロンをして、いかにもカフェの店員さんらしい衣織が、きまずそうな顔をして、そこに立っていた。
「……ぅえっ?!」
驚いて衣織を指さすと、衣織はもう一度『いらっしゃいませ』と頭を下げたあと、吹き出した。
窓際の広めの席に案内されて、料理を注文した頃には、店内が混み始めてきた。
サクラいわく、ここは人気カフェなんだそうで……。
そんな話を聞いている間に、テラス席は女性客でいっぱいになっていた。
衣織が運んできてくれた”土日限定ランチ”を食べながら、四人で打ち合わせの続きをしていたんだけど……店内を忙しそうに動いている衣織に、どうしたって目がいく。
昨日、何だかきまずくなったままだったけど、衣織のあの様子なら、気にしなくても大丈夫みたいだ。
ホッと安心していると、サクラが『どうしてテラス席に女の子が多いかわかる?』と、オレに唐突に質問してきた。
「は?……何で?」
「テラス席は衣織の担当だからだよ」
「え?」
何人かいるウェイターさんの中でも、衣織は目立つほうだと思う。
このお店では、ウェイターさんごとに持ち場があって、衣織は窓際からテラス席までを担当しているらしいと、サクラが付け加えた。
「サクラ、衣織がここで働いてるの知ってたんだ?」
オレは今知ったのに……。
「おや?」
サクラがオレの顔を覗き込んだ。
「何?」
「”サクラは知ってたのに何でオレには言ってくれなかったんだよ”って、顔してる」
「はぁ?!」
サクラを睨むと、ぷはっ!と吹き出した。
「ボクが根掘り葉掘り聞き出したんだよ。生徒会役員がバイトとか、問題になったら大変でしょ?衣織、何か所かでバイトしてるけど、どこも実家の紹介で、学校から許可も下りてるんだってさ」
「……そう、なんだ」
サクラに返事をしながら、テラス席にいる衣織に目を向けると、女の子が衣織に『下の名前なんていうんですかぁ?』と、質問している声が聞こえてきた。
……うわぁ!あいつ、名前聞かれてるー!漫画みたい!
ともだちにシェアしよう!

