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知る知る見知る⑨
「ばっつん、どうかした?大丈夫?」
「あ……え?何?大丈夫だけど……」
心配そうに聞いてきたサクラに、大丈夫だと言ったけど……本当は心臓がバクバクして、頭がふわふわして……倒れてしまうんじゃないかって……不安感に襲われていた。
衣織が書類を持ってすぐに戻って来てくれて『雨花、何か顔色悪いけど』と、オレの顔を覗き込んだ。
「え?別に……大丈夫だけど」
こんなところで、倒れそうとか言って、みんなに迷惑かけたくない。
必死にバクバクする心臓をおさめようと、なるべくゆっくり呼吸をしながら、何とか笑って返事をした。
だけど、体が熱くて、頭がフラフラする。
自分で、大丈夫大丈夫と言い聞かせながら、何とか帰りの車に乗り込んだあたりで、ようやく心臓のバクバクがおさまった。
「はぁ……」
「ホント大丈夫?ばっつん」
サクラは、もともと気遣いが出来るやつだ。
「あ、ごめん。何かちょっと……食べ過ぎ?」
余裕が出てきたのか、そう言って笑うと、サクラは『ランチ美味しかったからね。また行ってやろうよ』と、のってきてくれた。
そんなこんなで、学校に着く頃には、すっかり気分が悪いのはおさまっていたんだけど……。
またあんな風に倒れてしまいそうになったらどうしようと、その日は、屋敷に着くまで怖くて仕方なかった。
台風みたいな嵐が過ぎた月曜日、今日はふっきーがランチ当番の日だ。
昼休み、いつものように会計の引継ぎをするため、会計室に入ろうとしたところで、衣織からメッセージが入った。
『先生のところに行ってちょっと遅くなる』と、書いてある。
ふーん……と、思いながら、何とはなしに窓の外を覗くと、裏庭に衣織が歩いているのが見えた。
こちらに向かっているところ……かな?
そう思って見ていると、衣織は足を止めて、何故かキョロキョロとあたりを伺っている。
何してんの?あいつ……。
何度かキョロキョロした衣織は、裏庭の倒れている植木鉢を、綺麗に直し始めた。
夕べの嵐で、植木鉢がぞっくり倒れていたらしい。
「……ぷっ!」
何であいつ、悪いことするみたいに、コソコソいいことしてるわけ?
「遅くなってごめん!」
そう言いながら、衣織は案外早く会計室にやって来た。
「お前、何こそこそいいことしてんの?」
「は?」
「さっき植木鉢直してただろ?」
「げっ!……何で?」
「そっから見えたんだけど」
窓を指差すと、衣織はため息を吐いた。
「はぁ……かっこ悪……」
「え?かっこいいよ」
「マジっ?!」
「うん」
「じゃあ……ま、いっか」
「何が?」
「だってさー、僕、ラストサムライとか言われてんのに、植木鉢直すとかキャラじゃなくない?」
衣織が真面目な顔でそんなことを言うから、オレは腹を抱えて笑った。
「あははは……バッカじゃないの?お前。何のイメージ守ってんだよ」
「ええっ?!真面目に言ってるのに!」
「ふはっ……こっそり植木鉢直してるようなヤツだから、ラストサムライなんだろ?」
「え?」
「みんな、お前のことよく知ってるんだなぁって思ってさ」
「は?」
「うん。よしよし!」
目の前で首を傾げる衣織の頭を、ポンポンっと撫でた。
衣織って、ホントいいヤツなんだよなぁ。
だからこそ……。
目の前で真っ赤になった衣織が『雨花!』と、オレに手を伸ばした時、また衣織の顔に光が当たって、衣織は『うわっ!』と、顔を背けた。
光の先は、やっぱり向こう側の校舎の屋上からで……。
あっちから、衣織の顔めがけて光を当てているのは、やっぱり……かまちょさん?かなぁ?
「くっそ!かまちょめ!」
衣織は急いで窓を開けると『いしゃあ!邪魔すんでねー!』と、かまちょさんに向かって大声を上げた。
え?何?何て?いしゃ?かまちょさん、医者?
いや、それよりそんな大声で……かまちょさんがあそこにいるの、色んな人にバレちゃいそうだけど、いいわけ?かまちょさんって、ここの生徒じゃないよね?不法侵入とかにならないの?
……まぁでも、藍田家もこの神猛の設立に貢献したとか、ふっきーか誰かが言ってたから、かまちょさんも入りたい放題なのかな?
「……」
って……そんなこと、オレが心配することじゃないか。
「ったく!」
ぶつぶつ言いながら戻って来た衣織は、オレの前でちょっとはにかんで『えっと……じゃあ引継ぎお願いします』と、頭を下げた。
皇が言ってた、こいつがみんなから可愛がられてきたって話……ホントわかる。
オレよりデカくなった衣織が、目の前で頭を下げて見せているつむじを、押したい衝動にかられて……手を止めた。
衣織じゃなければ……多分、押してた。
こいつがいいやつだからこそ……距離感がわからなくなる。
「ん。じゃ、この領収書の処理からな」
「はーい!」
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