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知る知る見知る⑩
その日の放課後、新旧生徒会役員8人揃っての会議が開かれた。
明日9月23日は祝日だ。
今日中に出来ることは終わらせて、明日は極力みんなで休もうという話で会議が終わった。
「あ!そうだ。ばっつん、気をつけなよ」
会議が終わって、衣織がいれてくれた紅茶を飲んでいると、サクラが思い出したように、そんなことを言ってきた。
「何が?」
「衣織に冷たくしてるって、面白く思ってないコたちがいるらしいよ」
「はぁ?」
衣織に?え?何で?
「衣織ぃ。お前、物騒なコたちにモテてるみたいじゃん。ばっつん、狙われちゃうかもよ?」
「えっ?!雨花、あ……先輩には指一本触れさせないよ、絶対」
衣織はもう一度『ぜーったい!』と言って、オレに向かって親指を立てた。
「ま、衣織はどうでも、がいくんが許さないだろうけどね」
サクラ!何でそこで皇の名前出すんだよ!関係ないじゃん!今の話にさー!
「雨花は……僕が守るから」
すっごい真面目な顔でそう言った衣織は、オレと目を合わせると、すぐに視線を床に落とした。
「僕を呼んでよ。……連絡先も教えてくれない人なんかより」
そう言う衣織に、オレは『うん』とも『ううん』とも、ごまかした返事すら出来なかった。
だって……何て言ったらいいんだよ?
衣織のことが好きな人たちに、オレが狙われるかも……なんて。
衣織がオレのこと……好き……とか、言ってる、から?
「……」
また塩紅くんが頭に浮かんだ。
好きって気持ちが相手に届かないことが、未来を変えてしまうことがあるのを、オレは知ってる。
自分で自分を傷付けてしまうくらい、辛いことだっていうのも……。
「……」
視界の端に入ってくる空の、澄み切った青色が、無性に気持ち悪い。
生唾を飲み込んだあと、トイレに行くと言って生徒会室を出た。
トイレに入ってはみたものの、狭い空間が息苦しくなって外に出ると、そこに衣織が立っていた。
「……トイレ?」
衣織にそう聞くと、その問いには答えずに、衣織は『保健室行く?』と、顔をしかめた。
「え……何で?」
具合が悪いとか、オレ、そんな素振りしてないはず……。
「具合、悪いんでしょ?」
なんで……。
「……別に」
なんで?
「雨花、この前うちの店に来た時も、具合悪いの我慢してたでしょ?」
あの時は、具合、悪そうにしてた……かも。
でも今は、普通にトイレに出てきたつもりだったのに……。
「……」
「何で助けてって言ってくれないの?僕にじゃなくたっていいよ。サクラ先輩だって、田頭先輩だっていいんだ。一人で我慢しないでよ」
そう言って衣織は、何故か泣きそうな顔をした。
「ごめん。ホント、今はもう大丈夫だから」
少し冷たい空気に当たったら、だいぶ落ち着いてきた。
「ホント?」
「うん」
「戻れる?」
「うん。……お前、トイレいいの?」
「んー……じゃ、ついでにしてこっかな」
「先戻るぞ?」
「うん。じゃね」
そこでお互い別の方向に向かったけど、ふっと後ろを振り向くと、誰が置いたのか、トイレ脇の窓枠に放置されていた空のペットボトルを、衣織がひょいっと取って、ゴミ箱に入れるのを見てしまった。
「……」
あいつ……。
こそこそいいことをするようなヤツだから、あんな風にさりげなくゴミを拾ってるとこも、オレに見られたくないかなって思って、急いで生徒会室に入った。
衣織がモテるの……わかる、かも。
けどさ……。
「はぁ……」
もう誰も傷付けたくないのに……。オレはまた、知らずに誰かを傷付けてるの?
でも、だって……どうしろっていうんだよ。
「……」
オレだってもう……傷付くのは、嫌なのに……。
会議が終わって、衣織と二人、会計室に向かった。
本多先輩も言ってたけど、絶対会計が一番引継ぎが大変だと思う。
「こっちのは渉外費にしといて。で、こっちは……んんー……雑費にしちゃっていいかな」
シャープペンをクルクル回しながら、領収書の処理をしている最中、指が滑って、シャープペンを落としてしまった。
「あ……」
すぐに拾おうと手を伸ばすと、衣織も拾おうとしてくれて、床の上で手が重なった。
「あ、ごめん」
咄嗟に手を引っ込めると、オレのシャープペンを拾った衣織は『はい』と、渡してくれた。
「ありがと……あれ?今日は光、来ないじゃん」
おかしな雰囲気になるのをごまかそうと、そう言いながら向こうの校舎の屋上を見ると、衣織は『かまちょは今いないんだ』と、笑った。
「……そっか」
「あ、でも安心して?かまちょに邪魔されなくても僕……雨花に嫌われるの怖いから……手ぇ出せないし」
衣織のそんな照れたような笑顔が、胸に痛かった。
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