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知る知る見知る⑪

胸苦しさを誤魔化すように『次はこれな』と、棚の書類に手を伸ばしたところで『ごめん!今日もう帰っていい?』と、衣織がすまなそうに声を掛けてきた。 「え?どした?」 どこか具合が悪いのか? 「今日、実家で夜祭があるんだ。絶対帰って来いって、さっきも連絡入ってさ。僕はそんな乗り気じゃないんだけど、帰らないとうるさいし……帰っても大丈夫?」 「ああ、いいよ。早く帰んな」 「うん。お土産、買ってくるからね」 「……ほら、早く」 「うん」 衣織はバタバタと荷物をまとめて『お先に失礼します』と、どこかウキウキした様子で生徒会室を出て行った。 乗り気じゃないとか言ってたくせに、本当は実家に帰るの嬉しいんだろうな。そりゃそうだよね。 引き継ぎをする相手もいないので、オレもみんなより先に帰らせてもらうことにした。 その日の夜、高遠先生の授業を受け終わって携帯電話を開くと、衣織からメッセージが入っていた。 何だろう?と思いながらトーク画面を開くと『うちの夜祭、綺麗なんだよ』というメッセージと、写真が何枚も送られてきていた。 「うわ……」 たくさんの提灯……かなぁ?で、飾られたおみこし?山車ってやつかな?が、うつっている写真が何枚か。それと、日本の神様みたいな衣装を着た人たちが、松明を持って練り歩いている写真と、花火の写真。屋台で買ったリンゴ飴の写真と、イカ焼きの写真。一番最後に、細い月の写真があった。 「お祭り関係ないじゃん」 可笑しくなって、ついそう呟きながら携帯電話の画面をスクロールすると『こっちは月がきれいに見えるんだよ。雨花に見せたかったんだ』と、メッセージが書かれていた。 「……」 窓の外をふっと見ると、こちらの空は雲っている。 窓から顔を出してみても、月は見えそうになかった。 衣織が見ている空とは違うんだな……。 そう思ったら、衣織が今、遠くにいることを急に実感した。 「はぁ……」 似てるんだ、あいつ。どこか、オレと。 皇に携帯電話の番号を教えて欲しいと言った時のことを思い出していた。 皇は、オレが連絡先を聞きたがったのは、何か困った時に連絡出来るようにだと思ったみたいだけど……そうじゃない。 こういうことなんだよ。 衣織が、月がキレイだよってメッセージを送ってきてくれたみたいなことを、オレも皇にしたかったからなんだ。 「……」 衣織はホント、結構オレと似てると思う。 考え方とか、やることとか……。 だから、こんな風にメッセージを送ってくれる衣織の気持ちが、自分の気持ちと重なって……どこか居心地が悪くなるのかもしれない。 衣織に『こっちは月が見えないな』と、メッセージを入れて、急いで携帯電話の電源を切った。 衣織からまたメッセージがあれば、オレはまた返すと思う。 自分だったらきっと、返事が来たら喜んで、またメッセージを送るだろう。 衣織は頭もいいし、話をしていても面白い。 何度も携帯のメッセージでやり取りしてるけど、毎回結構、楽しいと思う。 でも……だけど、だからこそ、今夜はこれ以上、返事はしないほうがいいんじゃないかと思った。 衣織がカフェで言っていた『いつでも連絡受けられるようにしておきたい人』って言葉が、ふっと頭に浮かんだ。 あれってやっぱり……オレ、の、こと……なのかな。 悪い気は、しない。けど……それより、どうしようっていう困惑のほうが……大きい。 衣織がいいヤツだっていうのを知れば知るほど、ずっと胸の中にある居心地の悪さが、心を重くしていくような気がする。 もしかしたら皇も、オレに対してこんな気持ちになってるんだろうか? 「……」 泣きたいような気持ちになって、急いでベッドに入った。 翌朝、携帯を確認すると、やっぱり衣織からメッセージが返ってきていた。 『そっち、くもり?こっち星もキレイだよ』というメッセージのあと、しばらく間があいて『やきそば食べた』とか『山車終了』とか、いくつかメッセージが入っていた。   『寝てた。楽しかったみたいだな。明日は朝から引継ぎするから、いつも通り早めに学校に来い。じゃあな』と、衣織にメッセージを送って、オレは朝ご飯を食べるために、ダイニングに向かった。 「本日、雨花様の生徒会活動はお休みですと駒様に報告を致しましたところ、先程、若様がお渡りになるとのお達しを頂きました」 ダイニングに向かうとすぐに、いちいさんがそう言ってニッコリ笑った。 「え?あ……はい」 そういえば、去年の学祭準備中、皇はしばらくオレのところに渡って来なかったっけ。忙しいだろうからって。 あの頃はまだ……その……そういうこと……してなかったんだよなぁ。渡って来ても、ただ一緒に遊んでるだけで……。 今は、渡って来るイコール夜伽……みたいになってるけど……。恥ずっ!

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