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知る知る見知る⑬

診察してもらっているうちに、心臓がバクバクするのも、吐き気も落ち着いていた。 『特にどこが悪いというわけではなさそうだけど、思い当たることはあるかな?何か変わった物を食べたとか』と、母様に聞かれて、オレは『特にないです』と、答えた。 思い当たるのは、空の青色……だけど……空を見ると気持ちが悪くなるなんて……何て説明したらいいのか、自分でもわからなかった。 「ホントに?」 「……はい」 「また、眠れないとか?」 「あ……いえ。そんなことは……」 「そっか。……青葉」 「はい」 「私が青葉の”母様”のつもりだってこと、忘れないでね?」 「母様……」 「シロがいれば大丈夫。千代もいるしね。じゃあ、いってきます」 母様はオレの頭をポンポンっと撫でて、出勤するため、オレたちよりも先に三の丸を出て行った。 皇よりも、シロがいれば大丈夫……なんだ? 皇を見ると、床に寝そべるシロと見つめ合いながら顔をしかめているので、ちょっと笑えた。 「何があった?」 三の丸の遊歩道を歩きながら、皇はオレを見下ろしてそう聞いてきた。 「え?」 「そなたの誕生日あと、しばらく体調を崩しておった時と似ておる」 こいつ、ホント変なところで鋭いんだから。 「また眠れぬのか?」 「……そうじゃない」 「では、どう致した?」 「……」 オレは、衣織の好意を拒絶して、また塩紅くんの時のようなことが起きたらと思うと……怖くなる。 衣織ファンの子の話も、オレが原因で、やっぱり塩紅くんのようなことが起きたらどうしようって……怖いんだ。 そんな風に考えると、誕生日のことを思い出して……。 あの日すごく印象に残った真っ青な空が頭に浮かんで、気持ちが悪くなってしまうのかもしれない。 その話を、オレは皇に正直に話した。 塩紅くんの話を皇にするのは、塩紅くんと最後に会った日以来だ。 皇が罪悪感を抱えていたらと思うと話せずにいたけど……だからこそ、今オレがどう思っているのか、皇に正直に話そうと思った。 塩紅くんのことは、皇が罪悪感を抱くようなことじゃないし、今オレがこんなことになっているのも、皇が原因なわけじゃない。 だから今の自分の状況を、皇に隠しているほうが、皇を傷付けるような気がしたんだ。 オレが皇だったら……話して欲しいと思うし。 「そうか。だが衣織は、そのような真似はせぬ」 「え?」 「あれは藍田の後継者になるために生きているような輩だ。己を大事に出来ぬ者が、一族を守ることは出来ぬ。何があろうと、そのような選択はせぬ。案ずるな」 「……そう、なんだ」 「衣織も、衣織に懸想する者も、何をしようが、そなたが憂う問題ではなかろう?」 「そう、だけど……」 『何でも自分のせいにして……』っていう、柴牧の母様と、母様の話が頭をよぎった。 確かに……そう、なんだけど。 「そなたが憂うのであれば、衣織に懸想する者、みな消す」 「はぁ?!何言ってんの?!」 「そなたの憂いを取り除きたい。余の望みはそれだけだ。手段は選ばぬ」 「ちょっ……やめてよ!」 何で急に殿様気質出してきてんの?!こいつは! 皇は、梓の丸の庭に入ってすぐ足を止めて、オレを見下ろした。 「そなたは余のもの。そなたの憂いも余のものだ。どれだけそなたが隠そうが、そなたの憂いはすぐわかる。取り除くためなら、余は手段を選ばぬ。……忘れるな」 真剣な顔でそんな怖いこと言って……。 それだけ皇はオレのこと、大事に思ってくれてるって、こと、だよね? 誕生日に、母様に言われたことを思い出した。 オレの大事な人を守れって。 オレは……皇を守るって誓ったじゃん。 オレがずっと怖がってたら、皇が本当に衣織ファンの子たちを消すかもしれない。 皇には、本当にそんなことが出来るんだと思うし。 だけど、そんなことになったら、皇自身が傷付くよ、絶対。 手段は選ばぬとか言ってたって、皇が本当にそんなことをしたら、皇は絶対に傷付く。 だって皇、ホントは結構、心配性だもん。 そんなことには、絶対させない。 もうオレ……怖がらない。皇のこと、守りたいから。 そう決心して皇を見上げると、皇が『どう致した?』と、オレの顔を覗きこむから……どうしてもそうしたくて……皇に、キスした。 目の前の皇は、オレを凝視したまま固まった。 「あっ……ごめ……あ!違う!偶然当たっちゃっただけだから!」 恥ずかしくなってそんな言い訳をすると、こっちがビックリするくらい顔を崩して笑った皇が、オレをガシッと抱き寄せて、思いっきりキスしてきた。 「うあっ!」 「余も偶然当たっただけだ」 「どこがだよ!バカ!」 そのあと屋敷に戻るまで、皇は『偶然だ』と言って、何度もオレにキスしてきた。 何、ツボってんだよ、バカ。恥ずっ! でも……そんなことをしてる間に、オレの不安は、完全に消えていた。

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