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嫉妬①
10月8日 晴れ
今日は、絶好のお月見日和です。
九月の十五夜を見た同じ場所で、今日十三夜の月見をしないと、片月見と言って、災いが起こると言われているらしい。
ってことで。
九月の十五夜の夜、オレのところに渡った皇は、片月見を避けるため、今夜オレのところに渡ってくることになっていた。
センター試験の願書の提出も終わって、受験も近付いてきた今日この頃、皇の渡りに浮かれている場合じゃないとは思うけど……けど!浮かれるのは、仕方ないじゃん!一日くらい……いいよね。
学校の授業が終わって、いつも通り衣織に引継ぎをして、いつもより若干早めに帰宅した。
今夜、皇はこちらで一緒に夕飯を食べると聞いている。
いちいさんが駒様に、せっかくの十三夜の月見だから、こちらで夕飯を一緒にとお願いしてくれたらしい。
六時過ぎに屋敷に着くと『若様はすでにこちらに向けて本丸を出られたそうです』と、いちいさんが慌ててオレを出迎えてくれた。
着替えをしている時間もなく、制服のまま部屋で正座して、皇を出迎える羽目になってしまった。
「帰ったばかりか?」
「うん。ちょっと前に。制服、着替えてもいい?ちょっと待ってて」
「ああ」
皇に見られながら着替えるのもなぁ……とは思ったけど……時間ももったいないし、用意されていた着物にささっと着替えた。
おばあさまがお花の先生で着物好きだったからだと思うけど、ここに来る前からオレは、同い年の男子より、断然着物と縁があったほうだと思う。でもここに来て随分、着物慣れしたよなぁ。
着物を着てすぐ、夕飯は屋敷の最上階に用意してあると、いちいさんが呼びに来てくれた。
『すぐ行きます』と返事をして、皇と一緒に最上階に向かった。
最上階に出るためには、一番最後に、一人通るのがやっとの狭くて急な階段を何段か上る必要がある。
『先に上れ』と、オレを先に上らせて、すぐあとについて来た皇が、何故か急にオレの足の裏を押した。
「ぎゃっ!ちょっ……何っ!?」
「あ?相変わらず柔いな」
「なっ……に、してんだよ!もー!」
「早う進め。あとがつかえておろうが」
「はぁ?!お前が変なことするからだろ!」
「あ?そなたが足袋も履かずにおるからであろう」
「はぁ?!何でオレのせいだよ!」
皇を牽制しながら先に進んで、最上階の部屋に出ると、南側の窓に、十五夜の時とは違うお供え物がしつらえられていて、座敷にはすでに夕飯のお膳が並べられていた。
「うわぁ!」
今夜の夕飯は、これまた豪勢だ。
いつもすごいご飯なんだけど、皇が来る時は、さらにグレードが上がる気がする。
いや、絶対上がってる。
皇と一緒に夕飯を食べたあと、運ばれてきた月見団子をつまみながら、二人で窓の外を覗くと、東の空に大きな満月が見えた。
「すごい……大きい!何か、描いたみたいな月」
月を見ながらそう言うと、皇が急にキスをしてきた。
「なっ!……に、急に……」
「そなたが月の魔物に魅入られるのを救ってやったのだ」
何言ってんの?恥ずっ!
そう思いながら皇を見ていると、皇は『魅入られずに済んだようだな』と、笑ってオレの頭をポンッと撫でた。
……恥ずっ!
「つっ……月見に来たんだろ!月を見ろ!月を!」
「そなたは余を見ておれば良い」
「はぁ?」
皇はニヤリと笑って、またオレにキスをした。
「片月見になるからって、今日来たんだろ」
オレを見下ろす皇に照れて、そう言って視線を外すと『そうであったか?』と、皇がとぼけた返事をした。
「月、見ないなら、何しに来たんだよ」
「そなたへの渡りであろうが」
皇はオレの腕を掴んで、足払いをかけた。
「ぎゃっ!」
ふわりと仰向けに転がされると、覆いかぶさってきた皇に、何か言う間もなく唇を重ねられた。
下唇を挟んで食べるみたいに、何度も唇を重ねて来る。
小さく吐息を漏らすと、すかさず舌が唇を割って入ってきて、上顎をざらりと撫でたあと、出て行った。
「な、に……急に……」
自分が涙目になっているのがわかる。
皇は目を細めて、軽く唇を重ねたあと、オレの目尻を撫でた。
「しばらく、渡らぬゆえ」
「えっ?!」
びっくりして皇の手首を掴むと、皇も少し驚いたような顔をしたあと、口端を上げた。
「中間考査に学祭準備も入って参ろう?今夜を区切りに、しばらく誰にも渡らぬつもりだ」
あ……そっか。
もうすぐ中間テストで、皇が渡らなくなるのはわかってたはずなのに、皇の口から渡らないなんて言われて、オレだけに渡らなくなるのかと勘違いして、ものすごい慌てた自分が、めちゃくちゃ恥ずっ!
残念がったのバレバレじゃん!
「何を驚いておる?」
「べっ……別に!」
皇の顔、見られないよ、もー。
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