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嫉妬⑨
「不満そうな顏してる」
隣に座っている衣織は、オレの顔を覗き込んで眉を顰めた。
「は?」
「す-ちゃんに助けられたかったー……って顏?」
「べっ……別に……」
「やっぱりね。でもさ、雨花がどんだけ困っていようが、あのすーちゃんが雨花を助けるためにしゃしゃり出るなんて出来なかったと思うよ?」
「……わかってるし」
候補の警備のことも含めて全部、天戸井のお父さんに任せてるから、そばにはいられないって……皇、言ってたし……。
具合が悪いから早く帰れって言われたけど、具合が悪いわけじゃなかったし。
ただちょっと……女のコに囲まれて、どうしたらいいかわかんなかっただけだし。
……確かに、困ってたけど!
でも、皇が助けに来られないのなんか……わかってたし……。
「……」
「何だよ?」
衣織はふぅっと大きく息を吐くと『雨花の具合が悪いなんて、すーちゃんの嘘でしょ?人に囲まれてあたふたしてる雨花のこと、早いとこ帰したいから、そんな嘘ついたんじゃないの?』と、言いながら、長く伸びた腕と足を組んだ。
「すーちゃん、しゃしゃり出ては来なかったけど、そんな嘘ついて雨花を帰そうとするとか、雨花を助けるために結構無理したと思うけどな」
「え?」
「次期当主たる者、家臣への信頼は常に態度で示さないといけない。僕もすーちゃんもそう教えられてきてる。本来だったら、本当に雨花の体調が悪くても、それで雨花を帰すかどうか判断するのは、あの場を仕切っている天戸井がすべきことだよ。すーちゃんが口を出したら、天戸井を信頼していないと思われかねない。でもすーちゃんは、困ってる雨花を助けたいがために、自分の判断で雨花を帰した」
「えっ?!オレ、帰ってきちゃって大丈夫かな?」
「ま、大丈夫でしょ?具合が悪いって理由なら、あとは駒あたりが上手くやるんじゃん?」
「……」
オレが何の返事もしないでいると、衣織は『そんな心配しなくても大丈夫だよ』と、オレをじっと見つめたあと、思い切りため息を吐いた。
「ああっ!もう!雨花って、ホンットすーちゃんのことになると、顔に出まくり!」
「そんなこと……」
「そうなんだよ!っていうか、何で僕がすーちゃんのフォローとかしないといけないんだよ。……雨花はいっつもすーちゃんの心配ばっかり。僕が連れ出したから丸く収まるっていうのにさ」
「あ……お前は誕生会、出て来ちゃって大丈夫なの?」
衣織は少し頬を膨らませて、足を組み直した。
「取って付けたみたいに僕の心配しなくていいよ。僕は自由気ままな藍田の三男坊だから、途中退席しようが誰も気にしないでしょ」
衣織は『とりあえずかまちょがうるさいから、挨拶しなきゃいけない人にはしたしね。あとはあそこに何の用もないよ』と、口を尖らせたあと、ようやくニッコリ笑った。
「そっか」
オレもつられてニッコリすると『やっぱり……雨花には笑ってて欲しい』と、ちょっと照れてそっぽを向いた。
「え……」
「雨花が笑っていられるなら……すーちゃんのフォローでも何でも、してやってもいいか……とか思えちゃってる僕ってすごくない?」
「は?」
「すーちゃんの好感度を上げることだとしても、雨花が喜ぶなら、それでもいっか。はぁ……すーちゃんを貶して雨花に選んでもらうとか、絶対したくないからさ。むしろすーちゃんのいいところをわかった上で、雨花に僕を選んで欲しいって思っちゃうんだよなぁ」
こいつのそういう考え方……すごい、わかる。
オレも、同じだから。
卑怯な手を使って皇を手に入れるとか、絶対に嫌だし、オレも、他の候補みんなのいいところを知った上で……皇にオレを選んでもらいたいって思う。
「本当はどんなに汚い手を使ってでも……雨花を手に入れたいって思う時もあるけどさ」
オレだって、正々堂々皇に選ばれたいって思いながら、どんな手を使っても皇に選んでもらいたいってしょっちゅう思う。
でも……結局、そんなことは出来ないんだ。多分、それは衣織も同じだろう。
前から薄々思っていたけど、衣織とオレはやっぱり似てる。考え方とか。
「衣織、オレは……」
今、衣織にハッキリ断ろう。
オレは皇の気持ちが知りたくて、ずっとモヤモヤしてる。オレと同じように考える衣織も、きっと同じだと思うんだ。塩紅くんのことがあって、はっきり断ったあとのことを思うと怖くて……衣織に自分の気持ちを伝えられなかったけど……ちゃんと言わなきゃ!
そう思った時、鎧鏡の正門が見えて来た。
「あ!表門見えて来た。変わんないねー、鎧鏡家」
「あ……」
正門の前には、門番さんと一緒に、いちいさんが立っていた。
「あ!あの着物の人、雨花のお迎え?」
「あ、うん」
「そっか。じゃあ、あそこで降ろすね」
「あ……衣織」
「ん?」
「あ、の……ありがと」
「うん。また学校でね」
「……うん」
オレを降ろしたあと、衣織は車の窓を開けて、こちらが見えなくなるまで手を振っていた。
……言えなかった。
衣織に……お前のこと、そういう風には見られないって……言えなかった。
言わないほうが酷いって思うのに……また、言えなかった。
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