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学祭騒動再び~一日目・動揺~②

「どした?」 衣織に声を掛けても、衣織はそこに立ち尽くしたままだ。 どうしたんだろう? ほんの少し近付くと、衣織は『それって』と、口を開いた。 「ん?」 「明日で、学校で雨花とは会えなくなるってこと?」 「ん?んー……受験が終わるまで、全然学校に来ないわけじゃないけど……ほとんど来ないとは思う。でも何か聞きたいことがあったら……」 「そうじゃなくてっ!」 衣織はキュッと唇を噛んだあと、オレの袖を掴んで、廊下の端まで引っ張って行った。 「何?」 「会計の仕事のことじゃないよ。僕、雨花のこと好きって言ったじゃん」 「え?」 「僕のこと、少しも見てなかったの?」 「……」 「すーちゃんは……雨花を選ばないかもしれないのに」 「何でお前にそんなこと……」 「僕は雨花が好きだから!雨花に……笑ってて欲しいから!だけどすーちゃんはどうだよ?雨花はすーちゃんを見てため息ばっかりついてるじゃん!」 「……」 「雨花が、すーちゃんのことばっかり見てるの……知ってるよ。だけど、すーちゃんはどうなんだよ!……正直、すーちゃんも、雨花のこと、気に入ってるんじゃないかって思うよ。もしかしたら、すーちゃんの嫁候補の中で、雨花が一番なのかもって思ったりしたよ」 「え?」 「今は雨花が一番かもしれないよ。だけどあと何年ある?あと何人、すーちゃんは嫁候補を迎えるんだよ。いつその順番が変わるか、ずっと心配してたいの?……僕にとって雨花は、一番じゃない」 「え……」 「僕は、雨花に順番なんかつけない!いつ二番になるかわからない一番なんか、僕は欲しくないんだよ!だから雨花にも、一番好きなんて絶対言わない!僕には雨花しかいないから!」 「何、で……急にそんなこと……」 「だって!雨花がもう僕とは会わなくてもいいみたいに言うから!」 「そんなこと……」 「そう言ったのと同じじゃん!」 「……」 「会計の引き継ぎが終わったら、もう関係なくなってもいいみたいに言わないでよ。本当に僕、雨花にとってそれだけなの?」 「衣織……」 心臓がバクバクして……倒れそうだ。 頭からカーッと全身が熱くなるこの感覚は、夏、何度も倒れそうになった時と、似てる。 「僕のこと、明日で終わりにしないでよ」 「いお……」 「まだ!……好きでいたいよ。雨花のこと考えてると僕……何か、すごい嬉しいんだ。……すーちゃんのことばっかり見てるとこも全部、雨花のこと、好きだよ」 何も言わせないように、オレの言葉を遮ってそう言った衣織を見ると、今にも泣きそうな顔をして、オレを見下ろしていた。 衣織と目が合った途端、いつだか塩紅くんに言われた言葉が、何故か頭に浮かんできた。 どうして今、塩紅くんの言葉を思い出すんだよ……。 その時『業務連絡ー!会計二人!至急実行委員長まで連絡のこと!』と、田頭の声で校内放送が流れてきた。会計二人って……オレらのこと、だよね? 衣織と二人、さっきとは違う意味で見つめ合ったあと、オレはポケットに入れていた携帯電話を取り出した。生徒会役員のほぼ全員から、何件も着信が入っている。 「お前のとこにも、連絡入ってる?」 衣織に着信履歴がズラリと並んだ携帯電話の画面を見せると、衣織は急いで自分のポケットを漁って『やば!携帯、生徒会室に置きっぱなしだ』と、気まずい顔をした。 衣織のうっかりについては、オレもよくやることだし、仕方ないとして……。 何があったんだろう?急いで田頭に電話をすると『A組、やれないかもしれない』と、くぐもった声が携帯電話の向こう側から聞こえてきた。 「え?A組って……うちのクラス?何?やれないって」 田頭は『ああ、うち』と、言ったあと『とにかく第二体育館に向かってくれよ。オレも向かってるから』と言って、電話を切った。 「会長、何て?雨花のクラス、何かあったの?」 電話を切るとすぐに、衣織はオレにそう聞いてきた。 「あー……うちのクラス、何かトラブってるらしいって」 「え?何?トラブルって?」 「わかんないけど……とにかく第二に来いって」 「わかった。急ごう」 そう言って、衣織はオレの先を歩き出した。 「……」 「どしたの?」 振り返った衣織が、歩き出さないオレのところに戻ってきた。 「いや……」 第二体育館に行ったら、皇がいる。 皇と駒様の姿が頭に浮かんで、咄嗟に足が重くなった。 ──── 衣織くんでいいじゃん!そうなったらみんなが幸せだと思わない? ──── 心配そうな顔の衣織と視線が合うと、さっき頭に浮かんだ塩紅くんのそんな言葉が、もう一度頭に浮かんできた。 「大丈夫?」 「ん?ああ。……急ぐぞ」 「いや、それ僕のセリフだし。ぼーっとしてたのセンパイでしょ?」 衣織が”センパイ”呼びに戻ってる。 いつもの衣織に戻ったことに安心して『ほら早く』と、オレを手招きしながら走り出した衣織に『ああ』と返事をして、塩紅くんの言葉を振り払うように頭を振ったあと、オレも第二体育館に向けて走り出した衣織の背中を追った。

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