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学祭騒動再び~一日目・動揺~⑩

夕飯を何とか食べ終えて部屋に戻ると、衣織から携帯電話にメッセージが入っていた。 『OB先輩たちが手伝ってくれたよー』という文字と、すっごく雰囲気が大人になった鏑木先輩や本多先輩たちと一緒に、楽しそうなポーズをとる衣織の写真が送られてきていた。 『今日、ホントごめんな』と、メッセージを送ると、衣織からすぐに『今日の売り上げ処理、もう終わったから安心して。明日はたくさん巡回するんだから、早く寝てよー!』と、返信が来た。 うっそ!もう処理終わった?!ホントに?本多先輩のおかげかな? 「……あ」 衣織のメッセージを見ていると、サクラからもメッセージが入った。 衣織に返信する前に、サクラからのメッセージを開いてみると『衣織、現在、売り上げ処理にてんてこまい。やっぱりばっつんがいなくちゃね。早く良くなって明日は元気に登校してよー!』と、書いてあった。 サクラと衣織で言ってることが正反対だ。 どっちが嘘をついてるかなんて、考えるまでもない。 衣織は、オレが気にすると思って、売り上げ処理が終わったなんて、嘘をついてくれたんだ。 「バカ……」 去年、本多先輩と二人で売り上げ処理をして、夜の10時にようやく終わったんだ。まだ8時をまわったばかりで、売り上げ処理が終わるわけない。本当はまだ全然終わってないんだろう。それでも衣織は、オレを安心させようとして、嘘をついてくれたんだ。 「……」 衣織に『うん。もう寝る。お前も早く帰ってゆっくり寝るんだぞ』と、返信をした。 衣織は……わかりやすく、オレを気遣ってくれる。大事にしてくれる。オレに順番なんかつけないって言ってくれる。何の躊躇いもなく、好き……って……言ってくれる。 「うおおあああああっ!」 何、考えてんだ?オレ! どうしたいんだよ? だって……皇の初恋は駒様で、筆下ろししたのも駒様で、そんな駒様が毎日一緒にいるんだよ?しかも駒様、すっごいかっこいいし、仕事は出来るし……。 そんな駒様がいるのに、皇がオレを選ぶわけない! オレが医者になって、皇の助けたい人を助けられるような人間になれたとしても……あの駒様以上に、皇の隣にふさわしい人間になれると思う? ……思えないよ。 だけど……衣織はオレをかっこいいって思ってるって……仕事が出来るとか尊敬してるとか……そんな風に思ってくれてるって……てんてんが、言ってた。 皇にはオレ、いっつも助けてもらうばっかりで、本当に手が焼けるって、いっつも言われてて……オレが皇に何を返せるの?……何も思い浮かばない。 衣織は……オレが衣織を選べば、当主になれる可能性が出てくる。 でも皇は、今オレがいなくなっても、皇の嫁になる候補は、他にも、いる。 今度の四月にも、皇は何人かまた新しい候補を選ぶ。 そうだ……今度の四月にはまた、新しい候補を、皇が、選ぶ。 オレはまたどれだけの時間、皇に選ばれるために頑張ればいい?いくら頑張ったところで、最後にオレが選ばれる可能性なんて、どれくらいある? それなら……オレを必要だって言ってくれる衣織を……。 その時、携帯電話が新しいメッセージを受信したことを知らせた。 衣織からだ。 携帯電話を開くと『携帯でやり取り出来るのは嬉しいけど、やっぱり会って顔が見たい』という、メッセージが届いていた。 「……」 どう返信したらいいかわからない。 悩んでいるうちに、もう一度衣織からメッセージが届いた。 『もう邪魔しないから早く寝てね。返信いらないよ。おやすみ』……そう書いてあった。 こいつは……。 衣織はオレが返信に困ってるのをわかって、こんなメッセージを送ってきたんじゃないかと思う。衣織なら多分、そうだと思う。 「はぁ……」 無意識に、あのチョコプレートが入っている冷蔵庫の前に立っていた。 皇は、プレートがあるうちは、オレを実家に返さないと言ってくれた。 でもそれって……この冷蔵庫に入っているプレートをオレが捨てることが出来たら、皇はいつでもオレを実家に返せるってことだ。 オレが皇から離れることを選べば、皇はいつでもオレを離せるって、ことなんだ。 皇は、いつでもオレを、離せる……。 「……」 冷蔵庫に手を掛けて、でも扉を開くことなく手を離した。 実家にいる時、オレにはいつでも決定権なんかなかった。 何一つ自分で決められないって腹を立てることもあったのに、自分のことを自分で決めることが、こんなに怖いことなんて……知らなかった。 でも……オレが決めなきゃ。 オレが決めるんだ。 オレしか、決められない。 「……」 衣織に『おやすみ』とだけ返信を送った。 それだけで、胸が苦しい。 いつの間にか涙が零れて……この夜も、やっぱり上手く眠ることが出来なかった。

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