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学祭騒動再び~ニ日目・決別~④

「何があった?」 優しい声の皇が、オレの目尻をそっと撫でた。 皇ってホント……ずるいよ。 いつもオレのこと、すっごい落ち込ませたあと、すっごい喜ばせるんだから。 でも……そうなるのは、オレが皇のこと……好き、だから、だよね。 すっごい……好きだから。 すっごい好きだから……怖かったんだ。 はっきり駒様のことが好きだなんて、皇から聞かされたらどうしようって……怖くて……。 そんなことを皇から聞かされる前に、オレを好きだって、必要だって言ってくれる衣織のところに……逃げようとしてた。 だけど……ごめん、衣織。 皇から離れるなんて……出来ない。 皇の着物をもう一度きつく掴んだ。 オレ……皇と、離れたくない。皇にとってオレが何番目の候補なのか……とか、そういうの考え始めたら、やっぱりムカついてくるけど……でも。 頭ではムカついてても……胸はこんなに、痛いんだ。 皇がここにいることが嬉しくて……心臓がキュウキュウいってる。 こんな嬉しいのに……自分から離れるなんて、出来ない。 「……」 「ん?」 心配そうにオレを見つめる皇の胸に、もう一度顔を埋めた。 「急、に……きも、ち……悪、く、なって……」 「また寝ておらぬのではないか?顔色が悪い。……吐いたのか?」 誰のせいで眠れなかったと思ってんだよ!バカ!バカ! 心でそんな悪態をつきながら、オレの手は、ずっと皇の着物を握りしめていた。 「ん。さっき、ちょっと吐いて……倒れそうに、なって……怖かった」 「もう大丈夫だ」 また強くオレを抱きしめた皇の体温は、心の底から安心する。 「……ん」 安心して、皇の腕の中でウトウトしてしまいそうだと思った時、保健室のドアが音を立てて開いた。 ハッとしてそちらを見ると、衣織が無表情で立っていた。 「いお、り……」 一気に心臓がバクバクし始めた。 衣織は何も言わず、その場に立ち尽くしたまま、動かない。 皇は衣織に向かって『雨花は連れて参る』と言うと、オレの肩をギュッと抱いた。 「え?!連れていくってどこへ?鈴木先生、すぐこっちに来るって……」 無表情だった衣織が一転、驚きながら一歩こちらに近付いた。 衣織が反応してくれたことにホッとして、小さく息を吐くと、バクバクしていた心臓が落ち着き始めた。 「雨花はこの場では休めない。休める場所に連れて参る。先生には大丈夫だと伝えて欲しい」 「保健室で休めないって、何言って……。だって!雨花さっきまですごく具合が悪そうだったんだよ?動かさないほうが……。勝手に動かして、何かあったらどうすんだよ!」 衣織は、保健室でオレに何があったか知らないから、保健室で休めないなんてどういうことだって、不思議に思うのは当たり前だ。 今はそこまでじゃないけど……ここはオレにとって、未だに気分のいい場所じゃない。 それを皇がわかってくれていたことが嬉しくて、また胸がキュッと痛んだ。 皇は少しの沈黙のあと『すまぬな』と、小さく衣織に頭を下げた。 「雨花が心配をかけた。だがもう案ずるな。雨花は大丈夫だ」 「でも!」 「少し休めば大丈夫だ。お前が不安がれば雨花も不安になる。案ずるな」 ほんの少し口を開いた衣織は、何も言わずにまた口を結んだ。 「衣織……雨花が誠、世話になった。恩に着る」 「……」 衣織は口を堅く結んだまま、下を向いてしまった。 そんな衣織を見て、猛烈に罪悪感が湧いた。 『衣織くんでいいじゃん。そしたらみんなが幸せになれると思わない?』っていう、塩紅くんの言葉が、また浮かんで来た。 さっきまで、オレを大きく揺さぶっていた言葉……。でも今は……。 今、そう言われたあの日に戻れたら、塩紅くんに『そう思わない』って、はっきり言える。 衣織『で』いい、くらいの気持ちで衣織を選んだら、誰も幸せになれないと思うって、そう言える。 なのに、さっきまでのオレは……傷付きたくなくて……衣織に逃げようとしてたんだ。衣織でいいかって……思おうとしてた。 本当にごめん、衣織。 オレが今、皇の中で何番目かなんてわからないけど……衣織がオレに言ってくれたように、オレの中には、皇しか、いないんだ。 なのに怖がって……お前のこと、利用しようとしてた。 ごめん。ごめん、衣織。 『参るぞ』と言いながら、皇はオレを抱え上げた。 保健室を出る前に、衣織に『ごめん』と言おうとしたけど、言葉に出来なかった。 今、皇の腕に包まれながら、衣織に謝るのは、ひどい気がしたんだ。 本当に……ごめん、衣織。 お前が言ってくれたように、オレも……皇がいるだけで、こんなに……嬉しい。 だから……皇にはっきりオレを選ばないって言われるまで……好きなまんまで、いたいんだ。 こんなふうに、一緒にいられなくなる日まで、そばに……。

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