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学祭騒動再び~ニ日目・決別~⑤

皇はオレを抱えたまま、零号温室に連れて行った。 大きなソファベッドにオレを座らせて、心配そうな顔で『どうだ?』と、オレの頬を撫でながら横に座った。 皇に触られるの……どれくらいぶりだろう?皇の手は、やっぱりあったかくて、ホッとする。 そっと皇の手を包むと、また泣きたくなって、自分の気持ちに、いやというほど気付かされた。 オレは……こんなに皇が、好きなんだ。 「皇」 「ん?」 「いつまで……いられる?」 駒様のところに、すぐ戻るの?それまででいいから、こうしてて欲しい。駒様のところに、戻るまでで、いいから……。 「ん?そなたが大丈夫だと思えるまでは、そばにおる」 「え……駒様は?」 「あ?」 「駒様、入院したって……。そばについてたんじゃないの?」 そう聞くと、顔をしかめた皇は、大きくため息をついた。 「同じことの繰り返しだな」 「え?」 「余が血相変えてそなたのもとに参れば、そなたは余を遠ざけようとする」 何、言ってんの?そんなの……まるで、駒様のところには行かなくていいみたいに聞こえるじゃん……。 「だっ……て……皇は……駒様のそばに……いたいんじゃ、ないの?」 「駒の話はもう良い!それほどまでに余を帰したいか?!」 皇は怒りながらオレを抱きしめた。 オレは帰したくなんかない!だけど!お前は駒様のそばにいたいんじゃないの?だって……。 「だって!……だって、初恋だって!」 お前、駒様のことが……好き、なんじゃないの? 「あ?」 「駒様が……お前の初恋だって!」 「何を……ああ……衣織か?衣織に聞いたのか?それでその態度か?」 皇は、また大きくため息をついた。 「だって……ふ、で、おろしの儀式も……駒様がしたって……。だって皇は、駒様に一番多く、渡ってるって……」 視線を落としたオレの頭に、皇のため息がかかった。 「筆下ろしの儀式なぞ……生涯、誰にも話すまいと思うておったに……。そなたがそのように余を遠ざけようとするのであれば……」 そう言ってまたため息をついた皇は、自分の筆下ろしの儀式について話し始めた。 皇の筆下ろしの儀式は、皇に精通が確認されたあとすぐ、占者様の占いによって日程が決められたという。 その日は、夜伽の先生の立ち合いのもと、鎧鏡家のしきたりにのっとって、上臈である駒様相手に、皇の筆下ろしの儀式が決行されることになった。 だけど駒様を前にした途端、罪悪感に襲われた皇は、いつまでたっても勃たず、先生によって無理矢理勃たせられて、強制的にコトを終わらせられたのだそうだ。 皇は『その後……余は不能になった。余の思い出したくもない過去だ。上臈との筆下ろしは、鎧鏡のしきたりであって、余が望んだことではない。その証に、駒を抱いたのは……あとにも先にもその一度きりだ。いや、抱いたとも言えぬ行為だった。駒に聞くが良い』と、オレを睨みつけた。 駒様とは、その、一度、きり? 嘘っ?! 「だって!でも、初恋の相手っていうのは?」 衣織が嘘を言ったとは思えない。 「駒を娶ると言うておったのは、幼少の頃の話だ。駒は……幼き余にとって、母親のような存在だった。駒を娶ると言うたのは、幼子が、大きくなったら母親と結婚するなどと申すのと同じだったのであろう」 オレも小さい時、柴牧の母様をお嫁さんにすると言っていたことがあったことを思い出した。 皇が襲われた罪悪感って何なんだろうと思ったけど、母親のように思っていた駒様を相手に筆下ろしをするなんて……罪悪感に襲われて当然だ。 「わかったか?駒を理由に余を遠ざけようとしても無駄だ」 皇はオレを睨みつけたあと、サラリとオレの髪を撫でた。 駒様のこと……そういう意味で好きなわけじゃないって、こと? 「駒様は……候補じゃ、ないってこと?」 梅ちゃんや、誓様と同じ? 「余は……嫁を娶らねば、鎧鏡の当主にはなれぬゆえ……誰も余を望まねば、駒が余の嫁となるのであろう。駒はいわば、嫁候補の保険のようなものだ」 誰もお前を望まなかったら?何言ってんだよ、バカ! 少なくともオレは……こんなにお前のこと……望んでる。 皇と目を合わせると、キスされそうになって、咄嗟に手で口を押さえた。 だって……。 「その手は何の真似だ?」 「だって……さっき、吐いたばっかりなのに……」 口はゆすいだけど……キスなんか出来ない。 本当は……今すっごく……キス、したいけど……。 皇に抱きついて胸に顔を埋めると、皇は『あとで覚えておれ』と言いながらオレを抱きしめて、一緒に横になった。 皇……。 皇……。 オレまだ……ここにいて、いいんだよね? 皇の胸に頭を擦りつけて、皇の着物を握りしめた。 皇の腕の中は、あったかくて……。 「……眠いのか?」 「ん。でも……戻らないと……午後は……女装、コン……も、あるし……」 「午後戻れば良いのであれば、少し寝よ。昼過ぎに起こせば間に合うか?」 「んん……。ん。お昼に……起こして……」 「ああ」 皇は『誠そなたは手が焼ける』と言いながら、オレの頭にキスをした。 オレ、お前に手を焼かせるだけで、何も返せていないけど……ここにいても……いい? オレは、皇に抱きしめられたまま、安心しきって、気絶するみたいに眠っていた。

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