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学祭騒動再び~ニ日目・決別~⑦
ステージに立つと、去年と同じど真ん中の席に、梅ちゃんと並んで座っている皇がすぐ目に入った。
今年は、珠姫ちゃんは来なかったのかな?
座礼して顔を上げると、梅ちゃんがオレに手を振った。隣の皇はいつの間にやら制服に着替えていて、相変わらず無表情だ。
だけど……どことなく楽しそうな雰囲気なのはわかる。
皇……クラスのほうには行ったのかな?結局あいつ、クラスの出し物のほう、何もしなかったんじゃないの?全く……。
ま、今日はオレもお呼びがかからなかったから、クラスの手伝いは何にもしてないけど。
女装コンテストは滞りなく終わって、すぐに後夜祭の準備に取り掛かろうというところで、後ろから肩を掴まれた。
「うわっ!」
振り向くと、皇が立っていた。
「体調はどうだ?」
「あ、うん。もう全然平気」
「そうか。……そなたはやはり、母親似だな」
まだ女装姿のままのオレを見下ろして、皇は口端を上げた。
「え?ああ……こんな恰好してると余計ね。でも柴牧の母様より、はーちゃんとそっくりじゃない?」
「ああ、姉上殿か」
「うん」
「ああ、そうかもしれぬな」
オレの頭をポンッと撫でた皇は、後夜祭準備でガタガタとうるさいからか『そなたの体調が良いようなら、余はこれで一旦戻る』と、耳打ちした。
「えっ?!帰るの?」
皇が制服に着替えていたから、このまま後夜祭までいるかと思っていたのに……。
「ああ。これから大事な用がある」
「あ……駒様?」
「あ?まだ気にするか。駒は案ずるまでもない。休めと言うても休まぬゆえ、御台殿に無理矢理入院させられただけだ」
「そう、なんだ。あ……後夜祭、結構すごいことするんだけど、見て行けないの?」
皇は時計を見て『誰にも譲れぬ用事だ。遅れるわけにはいかぬゆえ』と、眉を下げた。
「あ……ううん、ごめん」
「そなたもこのあと謝恩会であろう。しっかり今までの礼をして参るが良い」
「あ……うん。あの、さ」
「ん?」
「この前、謝恩会があるから、今日は泊まるかもしれないって言ったけど……なるべく、早く帰る」
「どう致した?まだ具合が悪いのか?」
「そうじゃ……ないけど……」
「無理をする必要はないが、そなたは礼を重んじる。後で悔いることのないよう、礼を尽くして参れ。そなたに何かあればすぐわかるゆえ、何も憂うことはない」
「……わかった」
何かあればすぐわかるって……体調が悪くなったら、また皇が来てくれるってこと?誰にも譲れない用事があるのに?
そういえば……さっきオレが倒れた時、皇、どこから来たんだろう?着物だったってことは、曲輪にいたんじゃないのかな?
でも曲輪から来たとしたら、オレが倒れてから皇が来てくれるまでが、あまりに早過ぎる。
あ!もしかして、シロに乗って来たとか?それならオレが倒れてから、あんなに早く来てくれたのも納得だけど……。
でも……どこから何で来たとしても、肩で息するくらい、急いで来てくれたんだ。オレが倒れたって聞いて……。
そう思ったら、また胸がキュッと……甘く痛んだ。
皇は、オレの頭をもう一度ポンッと撫でて、校舎のほうに歩いて行ってしまった。
そんな皇の背中をボーっと見送っていると、さっきまで皇の隣に座っていた梅ちゃんが『兄様、なんか機嫌いいね?』と、オレに耳打ちして、笑いながら去って行った。
確かに皇、機嫌が良かった。あいつ、好き嫌い言ったらいけないとか、感情を顔に出したらいけないとか言ってる割に、案外バレバレなんだよね。
皇、何で機嫌がいいんだろ?誰にも譲れない用事ってやつが、すごく楽しみなもの……とか?皇が楽しみな用事って、何だろう?
「……」
ちょっとムッとしながら、オレも椅子の片付けを始めた。
閉会式を兼ねた後夜祭は、すでに日が暮れた午後六時から始まった。
何だかんだ忙しくて、制服に着替える時間も取れないまま、後夜祭の開会式に参列した。
オレが役員担当をしていた園芸部が、この後夜祭のために何日もかけて準備をしてきたイルミネーションの点灯が、後夜祭開始の合図だ。
みんなでカウントダウンをしたあとに、校庭の植木と校舎に飾られた色とりどりの電球が、いっぺんに光を放った。
『うわぁ!』という歓声が上がったあと、管弦楽同好会の演奏が始まった。
「うちの園芸部、すごくない?!」
隣に立っているメイド姿のサクラが、イルミネーションの写真を撮りながらそう声を掛けてきた。
「だよね」
「がいくんは?イルミネーションと一緒に二人で撮ってあげる」
「あ……皇、用事があるからって、帰った」
「えっ?!嘘っ?!」
ものすごく驚いたように、大きな声を出したサクラは、顎に手を当てて何かを考えているようなポーズを取ったあと『そっか』と、呟いた。
「後夜祭での二人の写真、撮りたかったのになぁ」
サクラは口を尖らせて『じゃあばっつんだけ撮ってあとで合成しよーっと』と言って、オレをバシャバシャ撮ると『謝恩会、八時からだから、それまでに会計処理よろしくね』と言って、手を振りながら去って行った。
会計処理ーっ!のんびりイルミネーションを見てる場合じゃない!
今日は、昨日よりも簡単に済む予定とはいえ、早く始めないと八時までに終わらない!
衣織を探そうとキョロキョロすると、衣織はすでに本部席で、領収書を数え始めていた。
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