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学祭騒動再び~ニ日目・決別~⑧
「悪い、衣織」
「いいよ。売り上げは全部揃ってるし、早く終わりそうだよ」
「そっか、ありがとな」
衣織と一緒にお金を数え始めたあたりで、校庭中央に置かれた化学部作成『火事にならないキャンプファイヤー』が、煌々と燃え始めた。
「お正月のボヤ騒ぎね、あのキャンプファイヤーの実験をしててやっちゃったんだって。化学部長さんが言ってた」
「へー、そうだったんだ?」
キャンプファイヤーの火と連動するみたいに、イルミネーションの光がチラチラと揺れ始めて、中央校舎の壁に3Dプロジェクションマッピングが映し出された。
「うわ!すご!」
ちょっとした映画みたいだ。
衣織に『ちょっと撮っていい?』と確認してから、オレは会計処理を中断して、携帯でムービーを撮り始めた。
皇にも、これを見て欲しかったな。
皇の用事って、なんなんだろう?
そんなことを考えたら、つい『もうちょっと残ってれば良かったのに』と、小さく呟いてしまって、慌てて口をつぐんだ。
「すーちゃん……帰っちゃったの?」
衣織に聞かれて、オレの呟きが衣織にも聞こえたのがわかった。
「あ……うん。何か用事があるからって……」
「……そっか」
衣織に伝えるなら、今がいいのかもしれない。この本部席には今、衣織と二人きりだし……。
「あの……衣織」
衣織はオレの呼びかけに返事をせず、逆に『雨花』と、オレを呼んだ。
「え?ん?何?」
先に衣織の用件を聞いてから、ゆっくり話せばいいか。
えっと……一番最初に、何て切りだそう。
「僕……雨花のこと諦める」
「……へっ?!」
驚いて衣織のほうを見ると、衣織はニッカリ笑った。
「今、すっごいわかった。僕じゃダメなんだなって」
「え?」
「それ……すーちゃんと見るために撮ったんでしょ?」
「あ……」
「雨花がさー、こういうの一緒に見たい人は、すーちゃんってことなんだよね。隣に僕がいるのにさー」
衣織は、プロジェクションマッピングやイルミネーションを指しながらそう言った。
「……」
「さっきまでは……まだ頑張ろうって思ってたんだけどなぁ」
衣織は、机に顔を伏せてしまった。
「衣織……」
「さっき雨花が倒れた時……僕、雨花と一緒におたおたするしか出来なかった。あの時……廊下で聞こえちゃったんだよね。雨花が……怖いって、すーちゃんに言ってるの」
「え……」
「雨花は、僕には大丈夫としか言ってくれなかったのに……すーちゃんには、怖いって言えるんだよね」
「……」
「それにさ……雨花がこういうの一緒に見ていきたい相手は、すーちゃんなんだなって思ったら……」
衣織は小さくため息を吐いて、しばらく黙ったあと『あれも化学部が映してるんだよね?すごくない?うちの化学部。部長さん、藍田に引き抜きたいなって、昨日のゴタゴタがあったあと色々話してたんだ』と、校舎に映し出される映像を見ながら、そう言った。
「衣織、オレ……」
「僕を選ばなかったこと、いつか絶対後悔させるから!」
衣織は、オレの言葉を聞かずにそう言うと、にっこり笑った。
そのあと口を結んで、また机に顔を伏せた。
「衣織……」
衣織に何か言わないと……そう思っていると、後夜祭名物『大声コンテスト』が開催されるというアナウンスが入った。
飛び入り参加OKで、この大声コンテストで告白するとうまくいくなんていう言い伝えがあるらしい。
「行ってくる!」
「へっ?!」
衣織はすっと立ち上がると、ものすごいスピードで、大声コンテストのステージまで走って行った。
ええっ?!
司会を務めていたサクラが、すぐに衣織に気が付いてステージに上げた。
あいつ……何を叫ぶつもりだよ?!
「柴牧先輩に嫌がらせをしたアホどもー!よーく聞けー!」
はぁ?!
衣織の叫びを受けて、観客席から『なぁああにぃいいい?!』と、声が掛けられた。
「お前らの望み通りー!さっき柴牧先輩にー!……ふぅらぁれぇたぁぞー!ちくしょおおおおお!鎧鏡先輩のあほおおおおおっ!……以上っ!」
会場に衣織コールが沸き起こって、ものごい盛り上がりだ。
あいつ……。
『とおっ!』と言いながら、ステージから飛び降りた衣織は、もみくちゃにされながらこちらに戻って来た。
「スッキリした!名前出してごめんね。でも……あれでもう嫌がらせもなくなるっしょ?」
そう言って笑いながら親指を立てた衣織は……すっごい……カッコ良かった。
「先輩!」
「ん?」
「会計処理急ぐよ!早く学校出ないと、うちに帰れないかもしれない!」
「は?」
「僕が振られたんだよ?僕を狙うヤツらの告白渋滞が起こるかもしれないじゃん!そうなったら僕、帰れないよ!」
「……ふはっ!」
こいつは……。
「衣織」
「ん?」
「……ありがと」
「……ホントだよ」
衣織は『ホントだよー!』と叫んで、すごい勢いでお金を数え始めた。
本当に……本当にありがとう、衣織。
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