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学祭騒動再び~最終日・嗚咽~①

エレベーターを下りると、皇はオレの手を引いて、ロータリーとは違う方向に歩き出した。 「え?どこ行くの?」 帰るんじゃないの? 「あ?」 「帰らないの?」 「そなた、泊まると一位に伝えたのではないのか?」 「え?言ったけど……」 え?泊まるの? 「ああ……そなた、早う帰りたがっておったな。何か用があるのか?」 「え……」 早く帰りたがったのは、お前が来るって知らなかったからで……。 お前があんな楽しそうに向かう”用事”が何なのか、早く知りたかったから……って、そんなこと言えるか! 「具合はどうだ?」 「あ……もう、大丈夫」 「帰らねばならぬ理由があるのか?」 「……」 帰らなきゃいけない理由なんか、今となっては一つもない。 「余の願い……そなたが叶えるのであろう?」 「そっ……それは!お前が勝手に……」 そうだよ。お前が勝手に、オレに願いを叶えさせるって言っただけで、オレは了承したわけじゃないじゃん! でも……お前が望むなら、何でも、叶えたいけど……。 お前の望みって、帰らないって、こと? そんなのお前が望まなくても、オレ、別に……帰りたいわけじゃないし。 でも……今更オレから帰らないとか……言いづらい。 チラリと皇を伺うと、寂しげな顔をしているように見えた。 うっ……そんな顔すんなよ、バカ! オレは、お前の願いを叶えたくないわけじゃなくて!むしろ逆で……。お前が願うなら、何だって叶えたいって、思ってる。 ただ恥ずかしくて、言えない、だけで……。 でも、言わなきゃ、伝わらない。 もう……そんな顔すんなよ、バカ。 「いっ、こ、だけって……サクラが言ってたから……いっこだけだからな!」 恥ずかしくて、一個だけとか言っちゃった。 サクラが何でも一つだけ、ゲストの望みを叶えるって、言ってたから。 本当は、皇が望むことなら……いくつだって、どんなことだって、叶えたいって思ってるのに……。 「ああ。一つで良い」 「え?」 皇は、オレの頬を両手で包んだ。 「そなたの……喜ぶ顔が見たい」 その言葉に、体の中心から、全身が震えた。 「そなたを喜ばせたい。それが望みだ」 バカ! 「どう致した?余はそなたの喜ぶ顔が見たいと言うたに……」 じわりと涙が浮かんだ目尻を、皇がそっと撫でた。 「そなたが帰りたいなら、今すぐ屋敷に送る」 バカ!バカ!皇のバカ! オレは、皇の手を強く握った。 「ん?」 オレ……お前のこと……好きになって、良かった。 お前のことを好きになって、たくさん苦しいこともあったけど、お前のこと、好きになってなかったら……こんなに幸せな気持ちも……知らなかったよ、きっと。 「……帰らない」 嬉しそうに『そうか』と言った皇は『では参れ』と言って、オレの手を引いた。 皇に手を引かれるまま、校舎裏に広がる森を進んだ。 この森を歩いていると、去年の学祭を思い出す。 オレが新嘗祭に納める舞を、みんなの前で舞おうとして、皇に怒られたこと……。 そんなオレが、皇の嫁に選ばれるはずないって、思ったことも。 「去年……さ」 「ん?」 「オレ……みんなの前で、サクヤヒメ様に奉納する舞を舞おうとして……お前に怒られたじゃん?サクヤヒメ様を冒涜する行為だって」 「ん?結局舞わずに終わったではないか」 「でも……命は取らないけど、オレがサクヤヒメ様を冒涜したことに変わりないって……お前、言ったじゃん。珠姫ちゃんに」 「あ?そのように言うたか?」 「はぁ?言ったよ!だからオレ……サクヤヒメ様を冒涜しちゃったんだって……ずっと思ってて……」 「あの時、万が一サクヤヒメ様のお怒りをかっていたとすれば、そなたはすでにこの世におらぬ」 「ぅえっ?」 「そなたは、サクヤヒメ様を冒涜などしておらぬ。そなたがあの日、あの舞を舞おうとした理由も、サクヤヒメ様はお見通しであろう。罰を受けるとすれば……新嘗祭でそなたの舞を見逃した余だ」 オレの手を握る皇の手に、力が入った。 オレ……サクヤヒメ様を怒らせたかもしれないっていうより……サクヤヒメ様に奉納する舞をあんなところで舞おうとしたオレのことなんて……皇が嫁に選ぶわけないって、心配してた。 でも、皇……オレはサクヤヒメ様を冒涜してないって、言ってくれた。 「そのようなことを憂いておったのか?早う申せば良いものを。もう憂いはないか?」 「……うん」 心配なことはまだあるけど……でももう、お前に選ばれないかもしれないからって、自分の方から逃げるようなことは……しない。 お前と、ずっと一緒にいたいから。だってこんなに……幸せなんだ。だから……ずっと一緒にいられるように、頑張る。 皇の手を強く握ると、皇は歩く速度を上げた。 どこに向かってるんだろう? でも……どこだっていい。皇が、いるなら。

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