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急転直下①

太陽が沈み始める頃、ようやく制服を着て、迎えに来て欲しいと、いちいさんに電話を掛けた。 今日は母様の舞の稽古がある。 いい加減、帰らなくちゃ。 オレが舞う予定のもみじ祭りまで、あと二週間もない。 うん、落ち込んでる場合じゃない。 皇の嫁になれるように、最低限、候補としての役割はしっかりこなしたい。 皇がふっきーのところに行っちゃったからとか……そんな理由で現実から逃げたら、また同じことの繰り返しだ。 オレ、皇のそばにいられるギリギリまで、皇とずっと一緒にいられること……諦めないって、決めたんだ。 皇が、好きだから。 皇じゃなきゃ、嫌だから。 夕飯を食べ終えてから、母様に舞の稽古をつけてもらうため、三の丸に向かった。 舞の稽古は、三の丸の離れにある舞踏場で行われる。 舞踏場の扉の前に正座をすると、オレを送って来てくれたいちいさんが『失礼致します。雨花様をお連れしました』と、舞踏場の中に声を掛けた。 『どうぞ』という母様の声がすると、いちいさんはオレに『いってらっしゃいませ』と言って、扉を開けてくれた。 顔を上げると、舞踏場の中で正座をしている母様が、こちらに向かってにっこり笑ってくれた、んだけど……母様の前に、同じく正座をして、こちらを見ている人と目が合って、驚いて『あ』と、小さく声を上げてしまった。 大老様だ。 大老様は、母様のほうに顔を戻して『どうぞ。私のことはお気になさらず、お入りください』と、軽く頭を下げた。 「あ……はい」 大老様、なんでここにいるの?やっぱりオレが皇と一緒にいるって知ってて、さっき皇に電話をしてきたのかな?その話を母様にしてた、とか? 緊張でドキドキする。悪い想像しか出てこない。 夕べ皇と一緒に泊まったらいけなかったわけじゃないとは思う。もし、泊まったら駄目だったんなら、いつ帰ってもいいなんて、皇が言うわけないし、大老様より先に、駒様から連絡が入ってたと思うし。 だから、悪いことをしていたわけじゃない……はず。 なのに……オレと皇が一緒にいることを、大老様は良く思っていない気がして、どうしても、緊張してしまう。 「失礼致します」 もう一度座礼をしてから、にじるように舞踏場に入った。 「ああ、そういえば」 オレが舞踏場の中に入って扉を閉めると、大老様は何かを思い出したように母様に声を掛けた。 「ん?」 やっぱり母様の『ん?』って、皇と似てる。 「お詠様が東都大学に受かったと、報告がありました」 「えっ……」 ふっきー、東都大、受かったんだ?!経営学部で、かな? あ!もしかして……さっきの大老様からの電話もふっきーからの電話も、その報告、だったとか? ……いや、皇、全然嬉しそうじゃなかったし……それは違うか。 「ああ、私も聞いたよ。推薦で東都とか、本当にすごいね、ふ……お詠様」 母様、今『ふっきー』って言いそうになったでしょ? ちらりと母様を見ると、目が合った母様が肩をすくめてにやりと笑った。 「雨花様は……」 大老様がそう言いながら、急にこちらに視線を移したことに驚いて、『はい!』と、無駄に大声を張り上げてしまった。 「勉強はいかがですか?」 「あ……はい。高遠先生に、良くしていただいております」 「高遠先生、厳しいからね」 母様がニヤニヤしている。 「え……全然厳しくはないですよ?」 「嘘!?私の時は酷かったよ?課題をこなすだけで本当に眠る時間も取れなくって……」 母様が話しているにも関わらず、大老様は『雨花様も第一希望は東都大だと聞いております』と、オレに声を掛けた。 「あ……はい」 「同じ東都大を受験なさるといっても、お詠様は推薦入学。東都大の推薦入学が、選ばれた一握りの人間にしか許されないものだということは、周知の事実です。お詠様はそれだけの努力をなさっていらしたのでしょう」 「……はい」 「新嘗祭で二度目の舞を舞われたこと、推薦で東都を受けたことなどで、家臣たちは、お詠様が若の奥方様に決定だろうなどという噂をしているようですが……」 そう、なんだ?前からふっきーは、奥方候補ナンバーワンって、言われてたみたいだし……。 「それが事実だとしても、若が奥方様を決定する二十歳の誕生日まで、候補としての立場をお忘れなきよう」 「え……」 それが事実だとしても……って……どういう、こと? 皇……ふっきーを嫁に……決めたって、こと? 「晴れ様のこともございます。これ以上候補様が減れば、若への不信が家臣の中に芽生えぬとも限りません。候補が減ることで、若が当主をご継承出来ないかもしれないなどという不安感を家臣に抱かせぬことこそ、候補様のお役目。仮に噂が本当だとしても、落胆のあまり宿下がりなどとおっしゃいませんよう。奥方様が無理でも、若のご寵愛が深ければ、ご側室ということも……」 「大老!」 そこで母様が、大老様の言葉を止めた。

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