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急転直下②

「候補様に向かって側室だなど!」 母様が、大老様の胸倉に掴みかかろうという勢いだったので、オレは咄嗟に母様の腕を掴んで止めた。 「失礼は承知で申し上げております。晴れ様があのようにお宿下がりなされたのは、若のご寵愛を得られぬと、落胆なされたがゆえにおかした過ちが原因。他の候補様におかれましても、若のご寵愛を疑えば、晴れ様と同じような行動に出られないとも限りません」 「ゆきちゃんは……」 「塩紅部長との関係が原因で、あのような行動をなさったとおっしゃりたいのでしょうが……若が晴れ様にご寵愛深く接していらっしゃれば、あのようなことにならなかったのではないですか?」 「……」 母様は、口を曲げて黙ってしまった。 「若ご自身の身の振り方が原因とはいえ、若には二度と、晴れ様の時のような苦悩を味わっていただきたくありません。雨花様は自由なお考えをなさるお方と聞いております。お詠様のそのような噂が出ている今、若のご寵愛を得られぬからと、雨花様がお宿下がりを願い出るようなことになれば……」 「そんな!オレは……」 オレは、皇と一緒にいられるギリギリまで、諦めないで頑張るって決めたんだ! だけど……皇……ふっきーに、決めた、の? 「雨花様」 「……はい」 「若のご寵愛を疑うことはありません」 「え?」 「雨花様は、奥方様教育をお受けでないということで、多々優遇されていらっしゃる。それだけでも、若よりそれなりのご寵愛を受けている証です」 「え……」 「雨花様に奥方様のご器量がないとしても、ご側室として迎え入れていただける可能性がないわけではないのですから……」 「大老っ!いい加減に……」 また声を荒らげた母様の言葉を無視して、大老様は『ですから!』と、同じように声を荒らげた。 「若からのご寵愛がないわけではないのですから!……お詠様の噂にお心を痛め、候補を下りるなどと考える必要はないと申しているのです。奥方様は無理だとしても、雨花様が側室でもいいとお望みなら、若とて無下にはなさいますまい」 「大老!」 母様が怒鳴って立ち上がると、大老様は、オレに向かって深々と頭を下げた。 「私はこれ以上、候補様が減ることで、若を苦しめたくないだけです。今はまだ、晴れ様のお宿下がりの真実を知る者はごくわずか。若への中傷も聞こえては参りません。ですが……これ以上候補様が曲輪を離れるようなことがあれば、おかしく思う者も出てくるでしょう」 大老様は、そこで一度頭を上げて『雨花様』と、オレに視線を向けた。 「はい」 「鎧鏡一門としてのご自覚を少しでもお持ちなら……若をこれ以上窮地に立たせるような真似はなさらないで下さい。今のお立場に、何かとご不満もあることでしょう。ですが、なにとぞ堪えていただけますよう……若のために、どうか……」 大老様はもう一度、オレに向けて深々と頭を下げた。 「……」 頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。 オレだって!皇のために、とかじゃないけど……皇とずっと一緒にいられるように、頑張ろうって思ったばかりなんだ。 だけど……皇はふっきーに、決めたの? オレがどんなに頑張っても、もう駄目って、ことなの? 大老様の言葉に、皇のそばにいられるように頑張ろうと思った決意が、揺らいでいく。 オレには、奥方様の器量がないとか……だけど、オレが望めば、側室にだったらしてくれるかも……とか……。 側室だったら、なんて……。 悔しくて……何か話したら涙が零れそうで……オレは強く口を結んだまま、何の返事も出来なかった。 「青葉……」 母様がオレの腕をさすって、小さく名前を呼んだ時、舞踏場の扉の向こうから『御台様』と、誰かが声を掛けてきた。 「はい?」 母様がどこかイラついた声で返事をすると、扉の向こうから『お館様がお見えです』と、声が掛かった。 「え?……何だろう?いいよ。通して」 扉の向こうの人の『かしこまりました』という返事と『殿、どうぞお入りください』という声が聞こえた。 「入るよ」 お館様はそう声を掛けてから、すらりと扉を開いて顔を出した。 「どうしたんですか?殿」 「いや、大老がこっちに来ていると聞いたからさ。こんばんは、雨花様。ごめん、何か邪魔したかな?」 お館様は、オレに向かってにっこり笑いかけてくれた。 お館様は、相変わらず癒し系だ。にっこり笑ってくれると、さっきまでギスギスしていた心が、丸くなった気がしてくる。 笑った顔が……皇と、似てる。 そう思ったら、胸がギュウっと締め付けられて、我慢していた涙が、零れそうになった。 オレは慌てて『こんばんは』と、頭を下げた。 「私に何か用ですか?殿」 大老様がそう言うと、お館様は『ああ、そうそう』と人差し指を立てた。 「さっきお前が言っていた件、今なら時間が取れる。お前がいいなら、今、済ませようかと思ってさ」 「かしこまりました。よろしくお願い致します」 『邪魔してごめんね』と、にっこり笑ったお館様は、大老様を連れて、舞踏場を出て行った。

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