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急転直下③
お館様と大老様が出て行くと、母様は深いため息をついた。
「あのね、青葉。あの……大老のこと、なんだけどさ」
「え?……あ、はい」
母様は困ったような顔でオレを見たあと『あああああっ!』と、急に叫んで頭を抱えた。
「えっ?!大丈夫ですか?」
「あー……うん。私は大丈夫、なんだけど……。あの……青葉?」
「はい」
「う……あの。ああああっ!……とにかく!大老が言ったことは、ぜんっぜん気にすることないから!ホントあいつは……もー!ホントあいつ、あとでシめる!」
「えっ?!」
母様はもう一度ため息をついてから顔を上げると『ごめんごめん。さ、稽古しようか?』と、ニッコリ笑った。
「あ……はい。よろしくお願いします」
「うん。……あ、そうだ!舞って言えば……青葉、ダンス習ってたんだって?学祭で踊ってるムービー、送られてきたよ」
「うええっ?!」
学祭で踊ったムービーが送られてきた?!皇ーっ!何、母様にまで送りつけてんだよ!
オレが小さく『皇め』って呟くと、母様は『送って来たの、千代じゃないよ?ぼたんだよ?』と、ニッコリ笑った。
へ?!ぼたんっ?!
……が、何で?
母様に、何でぼたんがそんな動画を送って来たんですか?と聞いたら、ぼたんは学祭一日目の学校説明会に出席していたらしく、説明会のあと、オレのクラスの出し物を見に行ってみたら、オレがステージに出て来て踊り始めたもんで、急いで動画を撮って母様に送りつけたようだ。
「ぼたんね、雨花様がとにかくカッコ良かったです!見てください!って、興奮してたよ?あははっ」
うっわ……いつもは無口で冷静なイメージのぼたんが?恥ずっ!
「ぼたんがいるなんて、全然気付かなかったです。説明会に来るなんて言ってなかったのに」
「ふふっ。こっそり青葉を見に行って来いとか、命令されたんじゃないの?」
「え?」
……誰に?
「ん?」
「あの……ぼたんの主って、母様じゃないんですか?」
「ぅえっ?!私?!」
「あの……ぼたん、いつだったか、主 からオレを守れって命令されてるって、言ってました。オレ、ずっとぼたんの主って、皇だろうと思ってたんですけど、皇はぼたんの主じゃないって言ってて……だからオレ……てっきり母様がぼたんの主だと思ってたんですけど……」
今の母様の話っぷりだと、母様はぼたんの主じゃないってこと、だよね?
じゃあ、ぼたんの主って……誰?
オレを守れとか、オレを見に行って来いとか……皇でもなくて母様でもない誰が、ぼたんにそんな命令をするわけ?
……お館様?
いや、お館様がそんな命令、するかな?ピンと来ない。
母様は急にキョロキョロすると『あっ!もうこんな時間!稽古!稽古!』と、扇子をパンッと手の平に当てた。
「あ……はい。よろしくお願いします」
母様は何もなかったみたいに、舞の稽古を始めた。
あれ?結局、ぼたんの主って誰なわけ?でも……わざわざ稽古を中断してまで、ぼたんの主が誰かなんて、食い下がって聞くのもおかしいし……。
うーん……オレを守れなんて命令してくれる人……皇と母様の他に誰がいるわけ?一番考えられるのは……柴牧の父上と母様かな?でもぼたんは、誓様いわく、忍び一族の末裔で、次期お頭様?なわけでしょう?忍び一族の次期お頭様が、柴牧家につかえてるとか……ないよね?
うーん……じゃあ、ぼたんの主って……一体誰?
……。
……。
……全然わかんない。
「本当に青葉は筋もいいし、覚えも早いね。うーん……今更言っても仕方ないけど、新嘗祭じゃなくて、花見祭りで青葉をデビューさせておけば、去年の四月には、おかしな噂も消えてたかもしれないなぁ」
「え?」
どういうこと?
「ん?」
「あの……おかしな噂って……?」
「ああ。ほら、千代がさ、展示会の時に、青葉を候補にするってちゃんと宣言しないまま候補にしちゃったから、雨花様は正式な候補じゃないとか、そんな馬鹿らしい噂が流れて……」
「あ!それ聞きました」
「そっか、聞いたんだ?でも、これだけ舞えれば、去年の花見祭りの時に、難しいって言われてる花見の舞も、完璧に舞えたんじゃない?それを家臣らに見せていたら、青葉が正式な候補じゃないなんて、その時から誰も言えなくなってたんじゃないかなーってさ」
母様は深くため息を吐いたあと『でもその頃はさ、青葉がこんなに舞えるとは正直思ってなくて……舞の実力で噂を黙らせるなんて思いつかなかったんだよね。青葉を年中行事に参加させなければ、私みたいに苦しませないで済むだろうって、青葉を隠すことしか考えてなくて……。でも今にして思えば、他に色々やり方があったんだよね。本当にごめんね』と、眉を下げた。
っていうか、それって……。
「あの……去年、オレの年中行事参加を止めてたのは……母様って、ことですか?」
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