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急転直下⑤
「えっ?知らない?えっと……小姓のこと、とか?」
「え?」
あげはとぼたんのこと?
「あの、ほら!青葉はとにかく普通に生活してきて、鎧鏡のことも知らなかったし、奥方教育も受けていなかったでしょう?誰かに体を洗われるなんて嫌だろうからって、湯殿係りはつけないことにして……えっと、その人数合わせのために小姓をつけることに……ね?青葉は護身術も習っていないってことだったし、表向き湯殿係りで、その実、護衛が出来る子ってことで……さ?小姓をね?うん」
「はぁ……そうだったんですか」
全然知らなかった。ってことは、他の候補様たちには、湯殿係りがついていて、小姓はいないってこと?なのかな?
うん、でもそれは本当に、そうしてもらえてよかった。誰かに体を洗われるなんて、絶対む……。
「……」
「ん?顔、赤いけど……具合悪い?」
「あ!いえ!大丈夫です!」
誰かに体を洗われるなんて絶対無理!とか思ったすぐあと、皇と一緒にお風呂に入って、無理矢理体を洗われたことを思い出してしまった。
でも……あんなこと、皇以外にされるなんて、本当に絶対無理!湯殿係りとか、つけないでくれて本当に良かった!
「そう?具合が悪かったらすぐ言うんだよ?青葉はすぐに我慢しちゃうんだから」
「はい」
「うん。……青葉」
「はい」
「大老のこと……ごめんね」
「え?」
どうして母様が謝るの?
「大老があんな風に言うのは、私と王羽 が原因なんだよ」
「え?」
母様は、母様が候補の頃の話をしてくれた。
前に高遠先生にも聞かされたことがある話だ。
お館様がまだ“若様”だった頃、お館様は、奥方候補だった母様のことを、誰が見ても奥方様に選ぶだろうとわかるほど優遇していたために、母様は鎧鏡の苗字になるまで、何度も危険な目に合ったっていう……。
お館様は側近に、母様以外の人間を娶る気はないとはっきり言っていたらしく、お館様の上臈だった櫂 様や、母様が住んでいた当時の松の一位さんは、まだサクヤヒメ様のご加護がない状態の母様に何かあってはいけないと、ものすごーく気を揉んだらしい。
そんなことがあったから大老様は、皇に、候補に対する態度をうるさく言うんだろうと、母様は話してくれた。
でもその割に、大老様はふっきーをわかりやすく推してる気がするけど……。
母様にそれとなくそう言うと『ふっきーはほら!あの……強いから!』と、親指を立てた。
「えっ?!ふっきー、強いんですか?!」
初耳!
「えっ?!あ……あれ?あ、ほら!奥方教育の中には、自分の身は自分で守れっていうのもあって……護身術は必須っていうか……」
そういえば、小姓がついているのはオレだけって、母様がさっき言ってたっけ。
そっか、あのふっきーも実は強いんだ?そんなふっきーを見たことがないから、イメージわかないけど……。
候補には護身術が必須だったなんて……。
「オレ……てんで弱くて……」
護身術も奥方様教育としてやってて当たり前だなんて、そんなこともオレは全然知らずにいて……。
やっぱりオレ、奥方様としての器量がないとか言われても、仕方ないのかも……。
ガックリすると母様は、慌てたようにオレの手を取った。
「いや!そこは全然落ち込むところじゃないから!青葉に武道の心得がなくても、そのための小姓なんだし!他にはいない小姓を置いてでも、千代は青葉を候補にしておきたいってことじゃないかな?」
そんな風に考えても、いいのかな?
でも……皇のそばにいてもいい理由なら、どれだけ無理矢理な理由でもいいから、信じていたい。
大老様は、皇はふっきーで決めてるかもしれないみたいなことを言ってたけど……それでも……まだはっきりそうだって決まってないなら、諦めたくない。
皇のそばにいられるのを諦めないといけないって、はっきりわかってしまうその時まで……諦めたくない。
「母様」
「ん?」
「あの……オレ……皇のそばにいたら駄目って言われるまで……頑張ろうって、思ってます。皇に選ばれないかもしれないのに、オレばっかり……好き、なのは……カッコ悪いって、思ってたけど……でもやっぱりオレ……皇が……」
何だか泣きそうになって、そこで大きく息を吸った。
「うん。……ありがとう」
母様は、飲み込んだオレの言葉を理解してくれたように、優しく抱きしめてくれた。
オレばっかり好きなのは、カッコ悪いって思ってた。でも……やっぱり皇が、好きなんだ。
いつか母様が、自分には好きって気持ちしかなかったって言ってくれたのを思い出した。
オレには、大老様が言ってる”奥方様としての器量”が何なのかすらわからないし、皇が好きって気持ちしかないけど……。
その気持ちなら……誰にも負けない!
「さぁ、もう少し練習しようか?」
「はい!お願いします!」
母様は、好きだから頑張れるって言ってた。オレも……皇が好きだから……どれだけ駄目かもしれないって思っても……それでもギリギリまで頑張りたいって、思える。
柴牧の母様の『思うだけなら誰でも出来るのよ!実行しなさい!』って言葉が頭に浮かんだ。
そうだよ!大老様に『側室ならなれるかも』なんて言わせないくらい、もみじ祭りで最高の舞を奉納して、東都大にも絶対受かってみせるから!
そんな風に意気込んではみたものの、舞の稽古と勉強を終えて部屋に戻って、ベッドに横になった途端、大老様の話がオレの頭の中に浮かんでは消えを繰り返して……よく眠れないまま、朝を迎えた。
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